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■報告
これからの話は特に精神科の先生方に聞いていただきたいと思います。 私の母親は私の幼少時より心の病を患い、精神病院を行き来し、山ほどの薬を毎日飲み続け、何度も入退院を繰り返し、何十年も闘病のあと、とうとう命を失うことになりました。私が物心ついた頃から、すでに母親は苦しみの中にあり、幾度も精神病院に見舞いに行き、母親のあわれな姿に涙して帰ることがしょっちゅうでした。医者になってすぐに母親が亡くなるまで、側にいながら自分ではどうにもできないという苦しみともどかしさに苛まれていました。実は、自分がこの道を進んできたのは心のどこかにこの問題をかかえ、それが自分の背中を後押ししてきたように思えます。普通に考えると、そのような経験をすれば精神科を専攻して、そのことで不遇な患者を救おうという道に進みそうですが、不思議とそのつもりはありませんでした。なぜか、直感的に産婦人科医への道を進むことになりました。これが、今となっては正解だったような気がします。というのも産婦人科は母から子供へと命が受け継がれるのを目の当たりにする場所であります。そのような場所に立つことで、心の病態が親から子どもへと受け継がれるという視点を感覚的に身につけることができたのです。後になって気づいたことですが、心の病の核心部分がそのようにして親から子へ受け継がれるということです。実はそのことを念頭におかないと心の苦しみの全体像が理解できません。それがカルマです。しかし、若い頃はそんなことを思うはずもなく、ただ産婦人科医としての技量を積むべく、手術技術の習得や婦人科内視鏡の研究にまい進していました。その結果は自分でも満足できるほどのものでしたが、30代後半より、これまで何とか抑えることができていた心中の苦しみが増大してきました。母親と時期を同じくしています。自分が今まで積み上げてきたものがすべてむなしく見え、何かが不安で、何かわからないものに恐怖を覚える、などという感覚が次第に強くなり、そのうち、いてもたってもいられず、毎日酒でごまかし、それでも一晩中眠れず悶悶とした日々が何年も続きました。そんな状況から、次第に感心が精神の問題に入っていきました。 ところで、産婦人科には更年期障害の分野があります。自分の心の苦しみをきっかけにしてその問題に取り組み始めました。実は、取り組んで初めの頃は、更年期障害というものはホルモン欠乏によっておこる女性特有の問題であるという程度の認識でありました。ところが追求していくうちに、更年期障害の問題は、若い頃より持っていた心中の苦しみをこれまでは何とかごまかして生きてきたのが、次第にごまかしきれなくなり、とうとう表に現われるようになったものである、ということに気がつきました。そして、更年期障害を取り扱っているうちに、それが家族の問題、夫婦の問題、さらには子供の問題とつながり、さらに不安神経症、パニック障害、うつ病、分裂病などといった精神科の中心的な疾患とも不可分であり、これらの問題にも取り組まざるを得ない状況になりました。結局、すべての心の病は根っこが一つであるということに気がついたわけです。 時を同じくして、自らの苦しみを解決すべく模索していくうちに、ある書物の一言に目を覚まさせられました。いままでは、心の苦しみの回答を書物や人の指導の中に見出そうとして勉強すればするほど余計に混乱しているばかりでしたが、その方法論の根本的な誤りに気がついたのです。それは「人や書物の言うことを真に受けるな、答えは自分の中にさがせ」という言葉でした。例えばこういうことです。リンゴについての記述をいくら知識として頭にいれても、リンゴを知ったことにはならない。実際自分でリンゴを手にして、見て、食べてみないとリンゴがわからない、というのです。自らの心の苦しみに向かい、その構造を見て、自分自身でその解決法を見出せ、そうすることで初めて人の苦しみの解決法がわかる、ということです。そこからは意識が変化し始め、自分の苦しみに真正面から取り組むようになりました。そして、以前に本随筆欄にも書きましたが、ある大病をきっかけに、突然自分の意識が変わりました。それはいままで意識が思考の色眼鏡をかけて見ていたことに気がつき、色めがねをはずして透明な目になることに気がついたのです(実はその色眼鏡が思考であり、苦しみの元凶なのです)。それは、心を込めて自分の、あるいは人の苦しみを見ることで思考の色眼鏡がはずれ、透明になり、その全体像を見透すことができるのです。それは、ちょうど、目が二次元の世界から三次元の世界を見る目に変わるようなものです。色眼鏡が消えた瞬間に自分の苦しみが消え、心が解放され、それだけでなく、人の心を波動として見ることができるようになりました。この透明な目で見ると苦しんでいる人の心中には苦しみの波動の固まりが見えます。それを苦玉(くだま)と称しました。うつ病には頭に、不安神経症には胸に苦玉があります。自殺直前の人間にはすさまじい苦玉が渦巻いており、完全にそれに飲み込まれているのが見えます。そして、その苦玉は周囲に波動のように影響し、逆に周囲に影響されて苦玉ができるのです。それが親とつながり、子供とつながり、そのようにして過去や未来につながっていきます。そして、苦玉は思考にはまった心に取り付き、親から子へと伝染していきます。思考にはまった家族の中で苦玉が経代していくのです。これがカルマに支配された家族です。そして苦玉が経代していくうちに苦しみは増大し、耐えられないほどになった人間が精神科を受診するというわけです。これがすべての心の病の根っこなのです。 そして、よく注意して見ると、そこにまた解決があります。心が波動のようにつながっているということは、思考にはまっている心とは逆の方向、すなわち心が万物の心とつながっているということがわかります。つながっているということは、周りの人や自然、宇宙と、そして、過去や未来と心が一つであるということです。これが闇の中の光であり、それを感じられることが心の本来の健全な姿であり、それを「無限の心」と称しました。そして、理屈ではなく意識の状態として、心が思考から抜け出して本来の姿に戻ったとき、苦玉が解消し、本物の安らぎが訪れます。すなわち、思考にはまった心を本来の姿である「無限の心」に誘導してあげることで一瞬にして苦玉から解放されるのです。それゆえに、精神疾患が何年もかかって治るというのは間違いで、目が覚めるように治ります。 問題なのは、また、意識がまた思考にはまってしまうことです。だから、意識を、思考の世界→「無限の心」→思考の世界→「無限の心」と、その都度ひっくり返してあげることで、自分で意識を「無限の心」に切り替えられる力を持ったときに、本当に治ったことになります。このように、「苦しみ」というのは無駄に存在するのではなく、心が思考にはまったときの警戒信号のようなものであり、それは「無限の心」に向かう動力となるのです。だから、心の苦しみに薬を投与するのはただ心を麻痺させるだけであり、本当の治癒にはならないのです。 「無限の心」は古来、覚者たちが指摘してきたことです。それは色々な言葉で表現されています。無、法悦、愛、ニルバーナなどいろいろな表現がありますが、すべてはこれを表現したものです(しかし、リンゴの話でもいいましたように、概念は本物を示していません)。苦玉を消すことは古来、宗教が行ってきたものです。釈迦にしても、キリストにしても同じことを言っています。問題は、後世の人間が彼らを祭壇にまつりあげ、システムにしてしまったことで骨抜きになり、本質を失ったのです。だから、今では、この能力を得るには宗教に頼っても無駄で、自分自身で身につけるしかありません。さらに、いままでの学問のように、知識を積み重ねてできるものでは決してなく、一瞬の意識の変化、すなわち気づきによって得られるものです。かといって、私のように紆余曲折を経る必要もなく、簡単に教え伝えることができ、希望者には実際にそうしています。 いままでの治療では約90%もの患者が治癒しています。治りたいという強い意思さえあれば必ず治ります。治るということは薬物なしの健全な心になるということです。それだけでなく、治癒した患者は今までの思考にはまった地獄の世界から抜け出し、目が生き生きとして、世界が変わった、すべてが美しく見える、生きていること自体がうれしい、と表現します。 しかし、中には治癒できないものがあります。それは長年の薬物治療により心が完全に麻痺してしまっている症例です。そのような人たちは治りたいという意思さえ欠落しています。これが薬物療法の深刻な一面なのです。もう一つは、同じように深刻な問題ですが、心の感受性が完全にブロックアウト(途絶)してしまい、治療に心が向くことがない症例です。そこには思考の世界にはまって共感を拒絶する心があります。その原因には母子の問題があります。というのも、子供は幼少時に、母親に「幸せ抱っこ」をされることによって、心の感受性が育まれます。それを沖縄の言葉で子供にマブヤー(魂)を込めるということです。しかし、その時期に、母親が思考にはまってばかりいて、子供を心から見ることなく子供と幸せを共感していないと、子供の心に感受性が育まれないのです。動物では刷り込み現象といわれていますが、母子にはこのような魂の刷り込み現象があるようです。幼少時に母親に「幸せ抱っこ」をしてもらった人間は、その後の人生でいくら苦しんでいても、かならず「無限の心」に誘導できるものです。逆に、心がブロックアウトしてしまった例では極めて治療が困難です。これは、引きこもりの症例によく見られます。引きこもりの場合は治療をも拒絶することが多く、そうなると代わりにその苦玉の源である母親を治療することがよくあります。しかし、その母親がまた、心がブロックアウトしているのです。これが引きこもりをとてもやっかいな問題にしています。そして、その原因はそのまたお母さんにあるのです。これがカルマです。家族性に精神疾患が多いというのは、誰でも知っていることでしょうが、それがこのように心の波動によるものであることを知ると、全体像が理解できるようになります。そして、家族単位として心が治癒していかなければいけないということが理解できます。 現在のような薬物による治療にはすべての人が問題を感じているのは事実ですが、どのようにすれば根治できるか知らないから薬物に頼るしかなかったのです。しかし今や、薬物によらないでほとんどの心の病について根治ができる道があると言えます(もちろん、先にあげたような問題は残っていますが)。自分の母親のような不幸な人間を一人でも無くすためにも、今後、私はこの治療法を公開してみなさんの批判を仰いでいきたいと思います。公開して困るものは何もなく、秘儀のようなものでもありません。新しい科学として今の治療を確立していきたいと思っています。そして、できれば後継者を育てていきたいと思っています。幸いなことに、最近では若い人たちが見学に訪れるようになってきました。百聞は一見に如かず、です。興味を持たれる方は、どうぞ見学にいらしてください。いつでもどなたでも歓迎します。 |
Last Update:Aug.12.2005
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