沖縄県医師会 メディネット大樹おきなわ。
検索キーワード、
?検索方法のヒント   
このコンテンツは、 の順に辿れます。

■追悼文
故 大澤 炯 先生
大澤 炯 先生 追悼文
故 大澤 炯 先生
(琉球大学名誉教授)

平成15年7月11日夕方、大澤 炯先生の奥様から、東京の病院で先生が亡くなられた(享年73歳)との連絡を受け、もしかしたら沖縄での最後を望まれていたかと悔やまれてなりませんでした。

先生の略歴を振り返りますと、昭和31年慶應義塾大学医学部を卒業、昭和41年10月まで米国、カナダにて外科学、泌尿器科学、腎・循環器及び一般内科、病理学に亘る9年余のインターンレジデント研修を終了後帰国されました。昭和49年に琉球大学保健学部附属病院に助教授として着任、昭和59年琉球大学医学部泌尿器科教授に就任されました。この間、沖縄に多い腎臓結石の完全摘出のための手術療法や予防食を確立し、琉球大学及び同附属病院内で診療活動、県内学会活動、患者教育などを通じ県内専門医、医療施設、患者会等の協力を得て全国最下位にあった人工腎臓の普及率を全国最高レベルとし、献腎移植の実施率では全国一の実績を上げ、今日の沖縄県における腎不全の治療の基礎を築き上げました。平成3年に腎不全対策推進功労者として厚生大臣より感謝状を授与されました。

先生は、外国生活が9年間と長く、英語での会話は泌尿器科学会でも右に出る人はいないくらい堪能で、国際性豊かで、視野が広く、独創的に物事を判断し、最後まで成し遂げる根性と決断力には驚かされるばかりでした。また、多数の姉妹に囲まれて育ち、細やかな性格で、まがったことが大嫌いで正義感が強く、なかなか主張を曲げませんでした。その国際性を活かし、沖縄泌尿器科研究者フォーラムを3回主催し、多数の外国人を招聘し、また、ラオスのセタチラート病院の設立にも努力をされました。

沖縄のなかでは、ロータリーに参加され、多くの友人を得て、それを基礎に沖縄県の地域医療と医学に関する研究調査を助成振興する目的で沖縄県医科学研究財団を設立し、全力投球で運営されてきました。この財団も設立より、17年を経過し、沖縄に重要な医学分野で研究に携わっている若手研究者58名に対し研究助成、特定分野での研究成果をあげた46名に対し研究奨励賞、沖縄の医療において大きな貢献をされた34名に功労賞を授与し、医療関係の公開講座などを通して、沖縄県民の健康増進のため大きな貢献をされました。

琉球大学の開校当初より30有余年にわたり、沖縄のために、武見太郎先生の遺志を貫き、南に開かれた学問の場としての理念を達成すべく、今日に至るまで研究、教育、診療に活躍されてまいりました。多くの弟子と実績を沖縄に残され、本当に意義ある一生を過ごされたと思います。ここに謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

琉球大学医学部医学科
器官病態医科学講座
泌尿器科学分野
教授 小川由英


 

コピーライト 2002 社団法人 沖縄県医師会。
リンクポリシー著作権についてメール