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■随筆

平均寿命に関する私見

琉球大学医学部医学科保健医学講座
山 本 宏 実
有 泉   誠

琉球大学医学部医学科保健医学講座 山 本 宏 実  有 泉   誠

平成12年の沖縄県男性の平均寿命が26位へ転落したことをうけて、本年1月28日、「健康おきなわ2010推進県民会議」が長寿危機緊急アピールを採択した。平成8年、国内はもとより海外へ向け「世界長寿地域宣言」を大々的に発信した矢先のことである。数年前から確かに沖縄県男性の平均寿命の変化について危惧する意見はあったものの、これほど短期間で「1位」から「4位」、そして「26位」と一気に順位を落としたことは、一般の方々はもとより、日ごろ医療行政、臨床、あるいは地域医療等の第一線で苦労されてこられた方々にとってもショックの大きなニュースであったと思われる。そこでこのような変化をどう解釈すべきなのか、特に男性の基本的なデータを中心に、もう一度見直してみることにした。

先ず、平均寿命(0歳の人口の平均余命)は、言うまでもなく年齢階級ごとの人口、その年の死亡率などから算出される期待値である。よって出生数あるいは若年から壮年齢層等の人口構成が変化すると平均寿命は伸び縮みすることになる。それを踏まえて沖縄県の人口ピラミッドを作成すると、若年層の明瞭なくびれが観察され、こうした年齢層に健康問題が潜んでいることを改めて実感させられる。

次に都道府県ごとに公表された男性の平均寿命の分布が時代ごとにどう変遷してきたかを概観すると、昭和40年から徐々に分布の裾野が狭まる傾向があるので、標準偏差を計算してみると、昭和40年が0.97、その後一貫して減少し、平成12年は0.57であった。つまり、全国の都道府県ごとの地域格差が縮小し続けているのである。さらに平均寿命は小数点第2位まで公表されているので、他の都道府県と具体的にどの程度異なるものか、その格差を「月」、「日」の単位まで計算してみた(平成12年)。1位の長野県との差は約1年3ヶ月、2位の福井県との差はすでに1年を切り約11ヶ月、25位の新潟県との差は7日、27位の兵庫県とは、5日と僅差である。今後さらにこの分布が狭まった場合、特に平均値付近にある都道府県ごとの順位そのものを比較し、一喜一憂することに大きな意味はないようにも思える。

ただ、楽観視出来ないと思われる点もある。先ず、沖縄県男性の平均寿命はすでに全国平均を下回ってしまった。昭和40年から1位の座にあった東京都も、その後徐々に順位を落としてはいるが、平成12年は15位に留まり、全国平均をかろうじて3ヶ月程度上回っている。さらに、平成7年から12年にかけて沖縄県の平均寿命の伸長程度は全国最下位であった。今後、平均寿命の伸長が盛んな都道府県にどんどん追い越されてしまうのでは、といった懸念は払拭できない。また余談ではあるが「長寿」という漢字を見てとっさに「長野」を連想してしまう人がでてくるかもしれない。

1月29日、県内某誌の解説欄に「これまで多くの専門家が沖縄の健康長寿が危ないと指摘してきたが、それを踏まえた危機回避の対策はほとんどなされていなかった。」と述べられており、行政側への批判は厳しい。健康政策を掲げてはみたものの、それが有効に機能しないといったことも確かにあろう。一例ではあるが、中小零細企業の勤務者は労働人口の大多数を占めると言われているが、そのような事業所では老人保健法による健康審査の実施率が極めて低調である。つまり働き盛りの男性人口の大多数が健康政策の恩恵を享受していないことになる。これは産業衛生の分野でも古くからの課題ではあるが、近年でも白熱した議論が交わされ、個人あるいは研究機関など個別の取り組みは行われている。健康審査そのものの生命予後に対する効果、実施時に要する膨大な予算、なかなか徹底されない事後指導など課題は多いにしても、全ての人が平等にという公衆衛生的な基本理念からこの現実は大きくかけ離れている。心疾患等による重篤な発作で、しばしば救急搬送されているにも関わらず、頑なに継続診療を拒否して働き続ける人々は実際存在するのである。この深刻な経済状況と、全国平均の2倍という厳しい失業率にあえぐ中で、先ずは生活基盤を安定させたい、自己の健康管理は二の次、というのも理解できなくはないが、漫然と見過ごすわけにはいかないであろう。経済を下支えする労働、あるいは食行動や農業、環境など多彩な分野との風通しをよくして、問題意識を共有するといったことも視野に入れてもよいのではないかと考える。また100歳を超える高齢者の単位人口あたりの比率は言うまでも無く沖縄県が全国1位を誇っている。しかし一方では出生率は高いが乳児死亡率も高いこと、自殺による青壮年の年齢調整死亡率が高いことが指摘されてから久しい。小さな命が消えかかる光景や、突然、一家の大黒柱を失い、取り残された家族の心境などを思うといたたまれないが、若い世代の健康対策がもはや限界に近づいているのであろうか。ポピュレーション・ストラテジー的な手法もあろうが、先ず優先的に焦点をあてるべき問題を明確にすることも何らかの示唆を与えてくれるのではないだろうか。

最後にこういう状態になったことについて、個人個人の行動には全く落ち度は無かったのだろうか。先ほどの新聞記者の意見に代表されるように他者への依存と批判だけでは、健康水準の向上は期待できないであろう。テレビなどで世界の様々な長寿国あるいは村が紹介されるが、共通していることはEBMや先端技術等によるのではなく、先祖代々培われてきた知恵を大切にして生きてきたから自然に長寿になったという事である。この点、長野県のように30年の計画を基に達成された長寿とは好対照であるが、いずれにしても行政は住民が何を望んでいるのかを知り、個人は今一度、足元と過去を冷静に見直すことも必要であろう。終戦後の結核対策も住民主体であったからこそ、成果をあげることができたと聞いている。いつでもどこへ行っても何でも食べられるような時代にはなったが、こうした変化に対して、データや科学論文を読むまでもなく、直感で危機的だと考えている人も少なくないと思うのだが。個人的には多少不便な生活を送ることは厭わないつもりでいる。とりとめのない内容になってしまったが、沖縄県の平均寿命が更に後退するのでは、という心配が杞憂に終わることを願う。


 

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