<随筆>

沖縄のブーブー  
線状の瘢痕をみて思うこと

宮古南静園  菊池 一郎 

 沖縄の人の背中にある小さな線状の瘢痕があるのに気づいたのは1966年のことであった。その習慣は当時は“ブー”というと聞いたが,辞書をひくとブーブーとある。幼時,胎毒をとるために,カミソリで瀉血するという。当時私が参加していた沖縄中部学童検診の学童の背中にみたので,最近までの習慣である。その時は,このような習慣は医学的に全く意味がないので止めるように強く注意した覚えがある。
 往時はこの習慣は一般的であったようで,他人の背中にそれを見ると沖縄の人の共通の刻印(スチグマ)という感じで同郷で懐かしいと書いた文学関係の本があった。残念ながら今はその本はちょっと思い出せない。
 石垣出身の同僚にも背中に線状の瘢痕があったのを一緒に風呂に入って発見した。すると先島にもあったことになる。そう目立たないので,知らない人にはわからないであろう。
 平成7年に再び沖縄にきていろいろ調べたが,ちょっと話が異なっていた。本島の人に聞いたら,ブーでなくブーブーといい,いわゆる吸い玉療法(ガラス玉を用い,火を燃やして真空をつくり血を吸引する)である。それをやる商売の家をブーブーヤというそうである。
 吸い玉療法は私のいた宮崎にもあり,同じ習慣であろうか。そうとも思えない。宮崎の吸い玉療法は施療直後丸い紫斑をつくり,その後紫斑は吸収され,カミソリの傷痕はないのである。
 明治29年に発行された廃藩置県当時の沖縄の風俗という奇観本を手に入れた。
 『医者』という欄を見ると次のことが書かれている。(原文のまま)
 医師は古(いにしえ)は清に学びまた薩摩に学べり清と薩に学ぶ者にあらざれば治術を施すことを禁じられる故に国医を学びて私に療法を施すものは印籠を提げ薬籠を携うことを得ず。医師は好みて劇薬を用いて治療を施すの風習なり土人これに安んじて他の薬方を願わず。
 国頭地方の人民疾病には医薬を用ふること稀なり唯従来の施治者一村に一二人あり病人に対しては主として小刀を以て身体を截傷し出血せしむるの旧慣なり今依然として行はる。
 この文献でこの習慣がかなり古い時代から行われていることがわかる。
 最近発行された『沖縄の歴史と医療史』という本に“沖縄における民間療法−まじない的な療法”があったので喜んで読んだがブーまたはブーブーに関する言及はなかったのでがっかりした。まじない的な療法にも当たらないというのであろうか。ところが稲福盛輝先生の『沖縄疾病史』によると1967年に都市部で15.1%,離島部では50%近くにもみられると書かれ実施の時期は乳幼児59.1%,幼時期27.8%,新生児期2.0%に行われるとある。ブーブーとは竹筒のことをいうとある。瀉血による民間療法で,泡盛を竹筒の中にいれ前以て鍼かカミソリで出血させた患部に置き,火をもやすと中が真空になる;『沖縄大百科事典』には熱病,ハブ咬傷に有効とある。ハブ咬傷に役にたちそうなことは読んだだけでもわかる。
 ハンセン病は戦前にはまったく信頼の置ける治療法がないので,灸やブーを含み色々試みたらしい。じつは最近ハンセン病療養所宮古南静園で新しいブーをみて吃驚したことがある。患者さんはハンセン病後遺症で下腿にキズができやすく,それも治りにくい人であったが,何を思ったのか,カミソリで多数傷つけてきて血だらけになってきた。たしかに,ブーは背中だけでなく,いろいろな所に行うが平成の現代にもあるとは思わなかった。しかし,この患者さんの思いはどうしても治らない病気にたいしてワラにでもすがる思いでやったのであって,通常やる民間治療とも違うと思うのである。
 この瀉血の習慣に関して,皮膚科医師としてちょっと気になることがある。胎毒の治療のためというが,その本体は何であろうか。沖縄にはアトピーが少ないので湿疹とはとても思えないが,胎児梅毒とは関係ないのであろうか。往時,沖縄には梅毒が多く,男性の丁壮の60%がかかっていたとか(廃藩置県当時の沖縄の風俗による),物凄いことが書いてあるからである。本島には新しい人,古い人という言葉があるが,古い(花柳界の)人は皆梅毒に罹ってしまって古い人(フルッチェ)とは梅毒患者を意味するなどとも書かれている。

 琉歌おもしろ読本にある梅毒の歌
              鳥刺小橋川
 古血わじらてど 欠きて居(う)やびむぬ
 命(ぬち)ぬある間(うぇだや)使(ちか)てたぼり

 小橋川が納税のため銭を携えて城内にいったがそのなかに欠け銭を役人から咎められて作った歌。梅毒(古血)をわずらって欠けてはいますが,どうぞ命のある間は(私を)(銭を)使っていただきとう存じます。
 梅毒では鞍鼻となり鼻が欠ける。皮膚科医師にとって興味ある歌である。
 しかしここまで考えてきたが,対象疾患を胎児梅毒と断定する根拠も薄弱である。『沖縄大百科事典』にあるように,もっと頻度の多い熱病にたいする民間療法と考えたほうが自然であろうか。熱病に有効であったかどうかは判らないが。
 沖縄の女性は往時ハジチ(入墨)をしていたが,ブーブーも何らかこれと関係はないだろうか。また,ブーブーに竹筒を使うが,火の神の習慣とは関係ないか? 子供の健康を願うのは母親であろう。出血をみてひっくり返らないのは生理のある女性である。どうやら沖縄の女性がブーブーの秘密を握っているようである。


目が痛い! (安里良盛)


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