<座談会>

沖縄振興策における
「沖縄県遠隔地医療ネットワーク推進事業」


 平成9年3月6日(木)に沖縄ハーバービュ−ホテルに於いて,沖縄振興策における「沖縄県遠隔地医療ネットワーク推進事業」というテ−マで座談会を開催致しましたので,その内容を以下に掲載します。

    司会 上田裕一(県医師会理事)
    挨拶 稲福恭雄広報担当理事(県立中部病院)
出席者
    中田宗朝(琉大病院医療情報部副部長,医師会医療情報システム委員会副委員長)
    松本廣嗣(県立中部病院)     崎原永作(県立中部病院)
    瀬戸口 義美(NTT企画部長)    宮城 都志子(沖縄県栄養士会副会長)


座談会風景

はじめに

稲福  皆様お集まりのようですので,早速始めたいと思います。
 どうも本日はお忙しい中をお集まり頂きまして,ありがとうございます。テーマは沖縄振興策の一環として,県医師会が出しております「沖縄県遠隔地医療ネットワーク推進事業」に関しまして,色んな先生方のご意見を聞いて,もっともっといい推進事業をやろうじゃないか。あるいは,それに対する色んなアイデアが出せるんじゃないか。そういうことで,県医師会広報委員会と致しまして,この座談会の企画を組みました。忌憚のない色んなアイデアを話して頂ければ,非常に幸いだと思います。

 司会は,県医師会医療情報委員会主任理事の上田先生にお願いしてあります。よろしくお願いします。


稲福恭雄広報担当理事

司会  沖縄振興策における「沖縄県遠隔地医療ネットワーク推進事業」というテーマで,広報委員会の方から,是非座談会をと言われた時には,正直困ったなと思ったんです。と言いますのも,昨年末から県との折衝は勿論,厚生省,日本医師会,色んな議員の先生方にもこの企画の実現に向けてご理解とご協力をお願い致しております。現在進行形というところですが,具体的な進展がないからです。医師会長も走りながら考えるとおっしゃっていますし,多くの会員の先生方にも協力して頂いて,もっといいものを創り上げたいと思っております。そういう意味で,この座談会が非常に有意義なものになると思ってお引き受けしました。

 気軽に自己紹介を兼ねて,フリーディスカッション的に進めて行きたいと思います。 まず隗より始めよということで,私は沖縄県医師会医療情報システム担当理事の上田でございます。去年の4月に県医師会のWWWサーバを立ち上げまして,インターネットで色々な情報発信を企画して進めてきたところです。各地区医師会の先生方にも呼びかけまして,これからはやはりインターネットだけじゃなくて,イントラネットを構築しようということで,どんどんと積極的に進めております。

 今回は降って湧いたような振興策がメジロ押しに出てきたものですから,県医師会からのこの案を出しましたけれども,年齢はもう56歳でございますから,本当いうとコンピュータに,超アレルギーの世代でございます。しかしどういうわけか逆アレルギーを起こしまして,コンピュータを使わないと人生が無いようなところまできてしまっております。ちょっとそういう変わり者でございますので,お許し願って会を進めさせて頂きます。

 では,栄養士会の方から,宮城さんにお願いします。実は栄養士会は,私ども県医師会同様医療保健連合といいまして,医療関係者の団体が集まって,一つの会を結成しております。それを「なごみ会」と言っておりますが,ちょうど今年は栄養士会が幹事団体でございますので,ぜひ忌憚のないご意見を期待します。


司会の上田裕一先生


1.手と手をつなぐネットワーク

宮城  栄養士会の副会長をしています宮城といいます。
 実はこのご案内を頂いた時,メディアの世界というのは,私達にはあまりにも縁遠いものですから,会長と私と,押しくらまんじゅうをする形で,実はなごみ会の会合を欠席するかわりに私が出てまいりました。

 私は県立病院にいまして,栄養士なんですけれども,給食管理というのは非常に電算化というところで遅れていたんですが,5年間使用してきたパソコンのリース切れを契機にウィンドウズ95対応のパソコンで給食管理をするようになったんです。その時にオンラインだの,ネットワークだの,色々あったんですが,使いやすいソフトを前提にコンピュータの入れ替えをしました。いざ蓋を開けてみると,インターネットの世界だということになっていたというのが実情です。それもよく分からなくて,実はこの二〜三日,うちの医局長をしている玉城聡先生が,院内ネットワーク化のためイントラネットを使って画像診断なんかに取り入れてきているものですから,病棟に上がって,その画像を見た時に,正直言って驚愕したといいますか,こんなに鮮明に迅速に見れるんだなということでびっくりしました。

 要するに,どういうのでも,今はこういうふうに自由自在につなぐことができるんだということを言われまして,少なくとも今日のこの座談会に参加するにあたり,会長とも話をしたんですが,私達はできたものを使えばいいんだと。その中で,コメディカルとして患者さんのケアをどう進めていくかという形の中で,このネットワーク構想というのはすばらしいのではということになりました。とにかく勉強するつもりで参加しました。よろしくお願いします。

中田  平成5年度だったでしょうか,国立大学と言えども親方日の丸でやっていけないんだという,そういう悲惨な目にあいまして,病院の経営改善に首を突っ込みました。組織としてやっていくのであれば医療情報部というものをつくらなければ,もう活路は見出せないという必死の思いで病院長にお願いし続けたんです。それで平成7年6月1日に,医療情報部を院内措置でつくって頂きました。琉球の風というんでしょうか,追い風に乗りまして,この平成9年度に文部省の方から省令化されるということで,4月1日には教授1,助教授1ということで発足する予定でございます。

 私は上田先生と同じ脳神経外科専門医なんですけれども,医療情報部発足の時点では,私自身メスを置くということは,平成6年にきちっと病院長にも約束させて頂きましたし,それ以後全く患者さんの手術に携わるということはやっておりません。ただし,上田先生と全く違うところは,私自身はコンピュータというのは本来好きじゃないんです。だからこそやれるという自信が逆にあるというのか,嫌いな人がたくさんおられるはずなので,業務としてコンピュータとつきあわなければならない以上,幼稚園から小学生ぐらいの感覚で入って頂けるのが一番やりやすい感覚だと思うんです。

 先程,ネットワークの話題がありましたが,ネットワークの仕掛けがわからなければ,システムが作れないわけじゃなく,餅は餅屋に任せればいいんであって,ユーザーフレンドリーなソフトウェアをいかに提供できるかというところが勝負だと思います。結局のところ,一番大切なコンセプトというのは,ネットワークというのは一体何なんだというと,みんなが一緒に手をつなぎましょうということなんです。人間が生まれて一番最初の思い出を辿っていくと,大体保育園か幼稚園時代だと思うんですが,その時にお遊技で皆と手をつなぎ合ってやったという,あの感覚さえあれば,あの感性さえあれば,それこそがネットワークなんだと思うんです。

 ですから,今回の「遠隔地医療ネットワーク」もそうですし,ASEAN PEACEFUL MEDICAL CENTER構想もそうなんですけれども,私達だけが手をつなぎましょうというだけじゃなくて,インターナショナルにも手をつなぎましょうという構想だと思います。そのインフラの整備を今やらなければ,21世紀の沖縄の保健・医療・福祉は極めて暗くなってしまうんじゃないかと,そういう危機感を抱いて昨年から上田理事に色々とご無理なお願いをし続けてきた諸悪の根源は私だということでございます。


中田宗朝先生

松本  沖縄県立中部病院の小児外科をやっております,松本と申します。よろしくお願いします。

 実は,この座談会に出るきっかけになったのは,私はちょっと前に一年半ほど八重山に出ていましたので,その時の経験が多少なりとも役に立つんじゃないかということで引っ張り出されたんだろうと思います。

 僕も中田先生と同じで,コンピュータ大嫌いなんです。大嫌いと言ったらちょっと言いすぎかもしれませんけど。十数年前病院のデータで何かしようかなということで,コンピュータを手に入れようとしたんです。だけどまさしく先生がおっしゃるように,俺はコンピュータなんか勉強したくない,あんなごちゃごちゃした,コマンドがどうのこうの覚えないと動かないような機械では,マニュアルを読む間に医学の本を読んだ方がいい,文献を調べた方がずっといい,カルテを読んだ方がいいと思いました。それでもっと簡単に,誰でもできるバカチョンのコンピュータはないものかと思案しました。だって,冷蔵庫でも洗濯機でも,うちの嫁さんは中身のことは何も知らないですものね。だけどスイッチ入れて,使い方は知っています。やりたいことは洗濯なんです。それで僕は勉強しなければ使えないコンピュータは買わないことにしました。

 うちの病院に同期の新垣義孝というえらくすごいのがいるんですけど,彼と一年以上かかってあっちこっちに色んなコンピュータを見てまわったんですが,やっぱりどれもだめだったです。彼がアメリカ留学から戻ってきた時,向こうの連中はマッキントッシュを使っていると言うんです。これ買ってきたというわけです。それを見たら,英語のシステムでしか動かないし,こんなもの使いものにならないだろうと思っていたんです。ところが事務の人に超音波のデータを入力してもらったらできるんです。じゃあ,カルテ室の五十近くのおばさん(ゴメンナサイ!)にもちょっと使ってもらおうとやってもらったら,英語でプログラムを作らないといけないんですけど,殆ど自力で,さっさとデータベースを作ったんです。この人はワープロもやったことがなかったんです。だから僕はびっくりしまして,ああなるほど,これだったら僕にもできるだろうということでコンピュータを始めたわけです。

 だから,要するにコンピュータのことを知らないでも,何しろデータが操作できるという初期の目的は達したわけです。そうしてやり始めたところが,10年も経つとこの頃このマッキントッシュというコンピュータが,やはりどんどん複雑になってきているわけです。見たくもないですね,本当に。あれやこれや,あっちつなげ,こっちつなげと,こんなのに手間取るのが嫌なんです。

 もうちょっと何か便利な方法はないかなと思いながらしかたなくコンピュータを触っているという感じの,そういう生活をしているんです。ただ,イントラネット,インターネットなんて,うちの久島先生が頑張り始めて,僕らなんかとはもう雲泥の差の豊富な知識なんですが,彼のやっていることを見ると,ああこんなことができるのか,あんなことができるのかと,もうびっくりする毎日です。

 県医師会が提案した企画書の資料を見ますと,県内全域に広げようという非常に夢のあるお話なので,ああなるほどおもしろいなと思いました。それにしても,県立病院のこのコンピュータ化の遅れていることよと,非常にそういうのを思うわけです。だから,ここに出てきたら,何かそういうお話が実現できないだろうかなと思っているわけです。

 そういうことで参加させて頂きましたので,よろしくお願いします。


松本廣嗣先生

司会  色んなところでそれなりにレベルが上がってきて,それがネットワークの,お互いが手を結んでいくという,そういう夢がだんだん描けてきたように思うんです。ここで一つのテーマとして,遠隔地ということがございますので,それの経験者といいますか,崎原先生,どうぞ。


2.遠隔地医療とネットワーク

崎原  こんばんは,中部病院の救急センターに勤めております崎原です。実は自治医大出身です。宮古の離島の多良間という島に二年半,そして渡嘉敷島で三年間,離島医療を経験したんです。卒後二年目,三年目の医者が離島の医師一人の診療所に行くという実験を自治医大でやっているんですけれども,色々悩んだり,苦しんだり,楽しいことももちろんありますが,それで,離島で働く皆が幸せに仕事ができるにはどうしたらいいんだろうかということを考えるようになるんです。

 離島の問題の一つが,情報が足りないということでした。それで,コンピュータの得意な仲間が,ある日コンピュータネットワークというのをやり始めたんです。これは商業コンピュータネットの中に,クローズドユーザーネットワークというのをつくって,そこにアクセスしたら,お互いに電話以外で話ができるよと,ものを書いておけるよと,そういう事でした。その当時はまだコンピュータというのをよく知らなかったんですけれども,それから少し勉強し始めて,情報がいつまでも残る。そして皆で協議できる。前のデータが利用できる。アクセスする時間はいつでもよろしいという,そういうコンピュータネットワーク通信は面白いんじゃないかということで,平成5年から沖縄県でも離島を結んで,コンピュータネットワークをやろうということで研究事業をやりました。最初2〜3の診療所と,中部病院とを結びました。それがその次の年は数が増えて,平成7年度からは県の事業として全県立病院と診療所にコンピュータを入れる事ができました。

 最近では毎日20件以上,離島からアクセスがあり,色んな情報が飛び交っている。そういう状況なんですけれども,もっとグレードアップさせたいと思っています。それから情報だけでなく,助けてくれという時に助けにいけるようなシステム,そういうのが次の段階じゃないかなと思っています。今回はそういうシステムづくり,離島の連中が助けてくれと声をあげた時に,すぐ助けに行けるとか,あるいは悩んでいる時に解決できるとか,そういうものができないかなと思っています。今日の座談会でそういう糸口というか,そんなものが聞けたらなと思って参加致しました。


崎原永作先生

司会  遠隔地医療の問題は,一つは情報ということと,もう一つはやはりどうしても人という問題があるということで,これはメインテーマですから,後でもう少し掘り下げてゆきたいと思います。

 それでは,全く医療関係の方ではないんですが,情報ということに関しては一番掌握しておられるNTT企画部長の瀬戸口さんの方から。

瀬戸口  NTT沖縄支店の企画部長の瀬戸口といいます,よろしくお願いします。

 私ども,色々法律の枠がありまして,通信の秘密というのがございまして,お客様情報とか,そういうものについては非常にシビアに管理していまして,外には絶対に漏れないような管理でございます。非常にクローズドなネットワークで,日本全国6,200万電話がございますが,それらはすべて一元管理されております。

 だから,例えば北海道から沖縄に引っ越すという時にも一ヵ所ですべて管理ができる。そういうシステム,非常に巨大なシステム,その分は外部には絶対漏れないようにという感じで,セキュリティにつきまして万全を期しております。これは多分,医療管理にも似たようなものもあろうかと思います。要は,個人情報に関してはセキュリティを非常に重んじなければいけないということです。

 それと,私どもの事例と対比して申し上げますと,一般の地域の事情,例えば沖縄の文化,あるいは沖縄の色々な情報につきましては,オープンなネットワークで,要はインターネットで全国というか,世界に発信するという感じでございますが,これにつきましては,やはり非常に交信数も多いという感じです。このような一つの地域の情報,一般情報という部分と,特殊情報というものについては,やはりきちんと区分した格好でやらないと,色々な問題が出てくるだろうと思います。


瀬戸口義美氏

 医療情報について色々感じますところは,やはりセキュリティの非常に重要な部分と,一般情報の部分があって,色々な新しい学術情報のようなものについては,やはりそれぞれのお医者さんに情報を流すということは,非常に俗な言葉で申し上げますと,やぶ医者さんがだんだんいなくなるんじゃないかという意味で,大きなメリットのある側面もあるんだろうなと思います。

 もう一つはクローズドな部分で,やはりお医者さんだと利害を一つにまとめた格好で,失敗した事例を二度と繰り返さないように共有化できるデータベース,情報化もやはりお考えになってみたらどうだろうかという考えが一つございます。

 そういう方面を,コンピュータという力とネットワークの力を使って,自分一人の力でできない分は,色々なお医者さん方の力を借りた格好で,医療のパワーを高めていこうという方向につきましては,やはり一人一人の知恵を出せば非常にいい医療関係ができ上がるだろうと思います。それを日本だけでなくて,やはりアジア,世界が一緒に手をとっていく。先程申されましたように,やはり人と人とが手を取るような格好で,こういうネットワーク化というのを進めていくことは,非常に意義のあることではなかろうかとそういうふうな感じが致します。

 非常に荒っぽい言い方を申し上げましたけど,やはりそういうネットワークというものにつきましては,やはり非常に大事じゃないかなという感じが致します。私の事例で申し上げますと,東京と福岡,そういう地域で色々仕事をやっているんですけれども,行かなくてもほとんど同じペースで仕事はでき上がっていくということがございます。だから,毎日こちらの方から何をしてくれ,向こうから何をしてくれと言われますが,電話の世界ですと相手がいないとなかなか通じないんです。そして,相手がいなくても大体自分がある程度時間をつくって色々対応できるということは,電子メールというネットワークとコンピュータによる道具のおかげで非常に便利になった感じが致します。

 そういうことで,常日頃このコンピュータとある程度情報のやり取りをするんですが,ただ困ったことは非常に仕事量が増えたなと,そういう感じに思いますけども,これも世のためと思いますし,そう苦にならないという感じでございます。


3.医療関係団体にとっての沖縄振興策とは

司会  だんだんと話が煮詰まって参りましたが,少し私の方からですが,沖縄県の遠隔地医療ネットワーク推進事業とか,沖縄振興策のことが色々出ていたと思うんですが,ここで皆さんにこのような情報に対して,パッシブなのかアクティブなのか。また,今度のテーマの中に入る前に,県民投票初め色んな花火がどんどん打ち上げられましたけれども,打ち上がった時に一体何を医療関係の部分でどういう具合にキャッチされたか,情報はどういう具合に捉えるべきかというような観点から,いつごろこの沖縄振興策のことが我々に結びついたような形で発想がされたのか,または,全然知らない間にこんなところまできたとか,そういうところでいかがでございましたでしょうか。

 例えば,宮城さん,栄養士会には沖縄振興策の件で県庁から何か届いたとかございましたか。

宮城  それに関しては直接県庁からということではなくて,栄養士会独自でシンポジウムを開催して,平田亮一先生と接触があったんです。その時にたまたま平田先生が色んなところで講演して,あるいは新聞に書いたりしている,いわゆる沖縄の基地をアジアの医療センターにすればいいじゃないかという話が出ていたわけです。まさかあの話のようなものが,県医師会の企画書としてこういう充実した話が具体的に出てくるとは正直言って思っていもいなかったんです。ああ,本当にこういう発想が具体的にあがってきたんだなと思ったのは,この間のなごみ会の会議だったんです。もし,これができるとすばらしいことになるけれども,じゃあ我々はどう関わろうかということで,まだ具体的にはそこまではいってないんです。

司会  最初やはり私もそうだったんです。全く違うところで花火がいくつも上がっていて,はっきりいうと何をしていいんだろうかなんていう,自分達で発案していいのかなとか,そういうような感じを受けたんですけれども,中田先生の方はいかがですか。

中田  平成9年3月3日の日付になっているんですけれども,ここに沖縄県医師会医療情報システム委員会の資料がございます。沖縄振興策における本会,すなわち沖縄県医師会からの提案についてと,提案経緯が記載されています。平成8年10月29日に第26回理事会にて協議し当該構想に本会も関与すべく資料収集を開始というところから始まっています。去る月曜日も第3回医療情報システム委員会と併せて各地区医師会医療情報システム,地域医療担当理事合同会議があり,非常にホットなディスカッションがありました。

 私今,宮城先生からのお話を聞いて非常に嬉しかったのは,自分がイメージしていたものが,そっくりそのまま県医師会の方から提案されていたというところです。ただ,この件に関しましては,県の医師会としての色々なこれまでのアクションプログラムというんでしょうか,そういったものとの整合性,特に今問題になっております基幹病院との整合性については問題視されている先生もおられると聞いています。私達も沖縄としてアジアに貢献できるんだという,そういう感覚ではなかなかとらえて頂けない部分があることも事実なんです。

 今,ちょっとはしょりましたけれども,実のところ上田理事の方からお話がありましたように,各省庁からの沖縄振興策がメジロ押しに出てきたわけなんですけれども,全てが情報関係と医療関係というんですか,ドッキングできるものが沢山あります。今私達がアクションを起こして,県に働きかけることがない限り,未来永劫この千載一遇のチャンスは訪れないという,極端な言い方をすると,危機感というようなものがありまして,それで,11月,12月というのは,理事会では毎回毎回上田理事の方からお話があったと思うんですけれども,医師会長がおっしゃっておられますように,走りながらやる。もう走らないとだめだ。今,座してディスカッションばっかりしていたんでは,県にアクセプトされなければ,それでポシャるわけですから。

 そういったことで,この数カ月すったもんだしながら,走ってきたという経過だと思うんです。

司会  県立病院の先生にはいかがでございましたか。松本先生,そういう振興策とか,今何を望んでいるかのかとか,そういうようなことがパッシブにでもアクティブにも,何かございましたでしょうか。

松本  県の方からは,そういうのはほとんどないですね。基幹病院と同じですよ。だから,僕らが基幹病院の件で,各地区医師会と色々ディスカッションしましたでしょう。結局,各地区医師会の先生から色々聞かれるけど,ほとんど知らされないで,対した情報もなく,むしろ各地区医師会の先生の方が色んな情報を持たれているわけです。

 前に稲福公務員医師会長が県庁にかけ合いに行った時に,あなた方は身内だから意見を聞くのは後回し。それでも,色んな問題がおこると,公務員医師はどういう考えをしているかと,情報をかき集めにくるわけです。

 医師会の出された案を見てみたら,我々も相当前から似たような話を何度も繰り返しており,県に文書も出しているわけです。ただ何のレスポンスもないんですけれども。

 思うにどうも県はコンピュータによるネットワークという意識はないようです。我々は公務員医師という自覚を持って,まず県の医療というのは長期的なビジョンからどうあらねばならないかをまずディスカッションすべきです。その中で公務員医師というのはどういう立場にあるかということを考え,公僕として患者サービスの部分で開業されている先生方とは別の動きが必要だろうと思います。今離島の問題が色々一杯あるけれども,それをサポートするようなネットワークをつくる,人もネットワークですね。県立病院に就職している医師はえてして自分はこの病院に就職したんだ,何故他の病院に転勤しないといけないか。そういうような自覚の無さというんですか,そういうものがあるから,まずネットワーク化。ネッシワークを通して,もう少し各医師間の交流を図りながら,県の医療を支えてゆき,あまり進んで人がやらないような離島の医療とか,救急医療をサポートするような体制を整えないといけないんじゃないかと。そういう話はかなり前からあったんです。

 基幹病院の話も大体それと前後してずっとあったわけですけど,結局どうなったんだという感じなんです。どうも土地の買収ができないから建たないんじゃないかとか,三次振計の中ではどうもできそうもないというような話ぐらいしか聞いてないわけです。どうなっているんだと思っていると,いつの間にか中部病院の建て替えの話になっているわけです。今は中部病院改築委員会できりきり舞しています。それでも我々が提案する意見がどう扱われるかわかったものではありません。我々が,今までコンピュータに関して精一杯出してきた意見はどう扱われているんだと言うのと同じです。

 この企画書の中には,県全体の保健・医療・福祉をどうしようという部分が,ベースにあるような感じがするわけです。自分達の仕事だけを一生懸命やって,自分の病院が儲かればそれでいいというようなやり方じゃなくて,沖縄県の医療をどうすべきなのか,将来はどうあるべきなのかが重要だと思うんです。世の中,医者もどんどん余ってきますから,皆仕事なくなるんじゃないかなというような不安もあるものですから,どうすべきだということを早いとこ相談すべきだろうと思うのです。そうした視点からはこの企画書は非常におもしろいアイデアだな,夢があるなというふうに思うわけです。

司会  そういうふうな状況でつんぼ桟敷に置かれながらも,我々から情報をキャッチして,それを加工して出しながら,松本先生がおっしゃったように,やはり沖縄県の医療はどうあるべきかというディスカッションを実質的にやっていくような,そういうアクティブさが我々医療人には欲しいなと思います。それを是非,今回の企画書の中身の検討みたいにやって頂ければ非常にいいんじゃないかと。それぞれの立場を尊重しつつ,県全体の医療,または福祉とか,栄養士会の方から言えば,生活習慣病なんていうのは,まさにそういうところが関わっているんじゃないかという気がします。

 遠隔地というのは一体何が本当に必要なんだろうか,この座談会の中で忌憚なく言って頂いて,そういうのを基にしながら,ネットワークはどうなっていくべきなのかということをお聞きしたいと思います。
 崎原先生,お願いします。

崎原  今まで離島医療のネットワークやっている者で,時々意見を聞きに県庁からも来るんですけれども,例えば厚生省は今度こういうテレメディスンのどうのこうのとか,沖縄県で電話で患者宅と病院とを結んで,という話をするわけです。ところが,以前ありました医療情報の静止画像もそうでしたし,じゃ本当に現場で必要なのは何かという視点が少し欠けているような感じがするんです。これが必要なんだろうというふうな,机の上で考えたもので持ってくる。例えば沖縄の離島で,寝たきりのお年寄りとテレビ電話でどうのこうのと言ったところで診療所から歩いて5分ですよ。それでもテレビ電話が必要なんですかという話が,通じないんです。現在の段階のできるものと,こっちが欲しいものとをすり合わせるという,そういう作業が全くない。ただ一方的にはいこれが欲しいんだろうということで,静止画像も1台1,500万のを何ヵ所にも送って,で結局一年間に一,二回しか使われない。こんな状況なんです。

 そういう,実際の現場で本当に欲しいもの,地域のニーズというか,それのすり合わせというんですか,そこのところが一番重要だと思うんです。そして,とても大きなプロジェクトが動いて,しかし実効はとても小さなプロジェクトだった。そうならないように大きなプロジェクトで大きな夢をもって,離島で本当に幸せに働けるようになるには,こういうシステムが必要なんだと,そういう観点からいかないといけないんじゃないかなと思います。

司会  遠隔地というのは,イメージとしては遠く離れてかわいそうな地域という形で,色々愛の手が差し伸べられていることは確かだと思うんですけど,その愛の手が今度は巨大なものとなってのしかかって,何も活用されない。現場の声というのは,愛の手では無視されやすい。以前にもそうだったし,今回もやはりそうだと思うんです。やはり現場の方からできるだけ声を出していかなければいけないんじゃないかと思います。

 遠隔地,これは一体どんな状況なんだろうかということで,人口構成とか,従来は救急救命医療,これはもちろん大切ですし,その他にも最近はたくさん出てきています。遠隔地は年齢的に言えば超高齢社会なんだと。それに見合ったものが必要なんじゃないかという感じはするんですけど,先生のご経験ではどうですか。

崎原  確かに人口構成は高齢者が多いことは多いんですけど,何か起こった時に一人しかいないということがあります。それで,全科に対応していかなくてはいけないんですけれども,その時に救急の部分というのはどうしても外せない部分なんです。それからもう一つ,確かに高齢化しているので,成人病なり,生活習慣病なり,そういう慢性疾患への対処の仕方,あるいは沖縄には県立病院附属診療所は18あって,人口構成からみますと,大体少ない所で500人多いところで2,000人くらいで,その島に若い30代の前半ぐらいのお医者さんが一人いる。その島の診療所には医師の他に,看護婦さん一人,そして事務員一人の計三名で診療している。殆ど島で一日に診る患者数は10〜20人前後なんです。しかしそれだけでは物足りないですから,大体のお医者さんは診療所を出て地域活動をやり始めるんです。そうしていると何かあった場合に,診療所から5分で行けてしかも,ある程度訓練された医者が行きますから,先程医療の過疎でとてもかわいそうな地域だとおっしゃいましたけれども,実は5分で医師に診てもらえるということで,一次医療に関してはとても贅沢なんです。たった1,000名ぐらいの島民にホームドクターというんですか,家庭医がいて,それがすぐ対処する。大病院の隣にいても,受付時間が過ぎたら診てもらえませんね。そうじゃなくて,本当に必要な時にすぐに来てそして診て,しかも病気の8割ぐらいはその診療所でしのぐことができるんです。残りの2割を大きな病院,大病院に送ればいいということでは,普通の一般医療に関してはとても寂しいどころではなくむしろ恵まれている面もあるというのが現状だと思います。例えば15分で診てもらって帰れるという病院があったとしたら,皆そこへ行くと思うんです。大きな病院へ朝行って,午後の3時,4時までかかって,疲れ果てて一日パーと,そういうのを毎月繰り返すことは結構大変だと思います。勿論大病院が力を発揮する患者さんはいますけれども,大部分は診療所レベルでも大丈夫じゃないかなという感じがします。


4.遠隔地医療におけるネットワークの重要性

司会  そうすると遠隔地というのは,21世紀にどういう医療をしていったらいいんでしょうか。もちろん,前提は救急救命医療については,これは人的資源が不可欠なところで,何とか搬送でということで対処するとしても,もっともっと温かく豊かな医療が行われる地域としてイメージを持ちたいのですが,何か遠隔地というと島流し,それからもう本当に医者の流れつく,何か若い人達が無理矢理自治医大卒だから行かされているとか,そういうイメージとして皆さん,特に中央にいる人達は見ているんじゃないかと思います。

 しかし遠隔地の方では,これから21世紀に向かって先取りしてやっていくような積極性といいますか,それを逆に中心地へフィードバックしてもらえるような地域じゃないかと思うんです。遠隔地をどんなように感じとるか,そういうことが第一歩だと思います。

 そうすると,栄養士会の宮城さん,今までは訪問看護とか市町村に保健婦が存在していますね。これから一体栄養士さんは,21世紀に向けて遠隔地でどういう具合に住民と関わって行こうと考えておられるでしょう。

宮城  私の病院のことを前提にお話をしたいと思うんですが,実はうちは離島がたくさんあるわけです。そうすると,お医者さんが診療所にいて色々な地域活動をやる,ほとんどが高齢者の慢性疾患ですから,いくら診療所に来てもやっぱりあとの指導というのは重要だということで,来てくれないかという要望があるわけです。ところが,うちの病院でも最近は非常に人間の査定が厳しいですから,やはり離島に行くのに一泊二日をかけて行っていると天気が悪ければ,ひどい時は二日も,三日もかかる。じゃあ病院はどうするのかとなった時に,電話で必死に連絡をしたりしているんですけれども,本当にこのネットワークがつくられた時には,人間が行かなくても居ながらにして向こうのケアができるという期待はあるわけです。

 それと今はお医者さんが僻地にいて,ある意味では高度な医療が施されているという表現をしたんですが,これはうちのドクターの例を出しますけれども,診療所に二年行かないといけない。特に若い医者ですから,これからまだ色々勉強したいというのがあるわけです。二年も僻地に行っていると,そのギャップが大きいということであるドクターが二人相談をして,一年交代で行っているということを聞きました。


宮城都志子先生

 そうすると,確かにうちの病院で色んなケースを見たり,あるいはいわゆる医療の度合いというんですか,複雑なのを見ている人はそれだけそこでは学べるわけですが,離島にいるドクターにとっては,非常に焦燥感があるだろうと思うわけです。その時に,例えば今,医療をするといった時に,自分達は医療をする側で受ける側ではないわけですから,その診療所でできない医療を行うために患者さんを病院に送る。その時に状況をずっと追跡して,把握できる。あるいは向こうからまた帰ってきた時に,ずっとケアができる。そういう意味でのこのネットワーク化は,離島の僻地医療については理想的じゃないかなと思っています。特に,コメディカルなんて診療所には全然いませんから,その中でもお互いに情報をずっと交換しながら,最終的にはずっとその患者さんのケアができるというのは,もう私はこのネットワークの構想に接して時,特に僻地にとっては理想的じゃないかなと思いました。

 それからもう一つは,多分保健婦制度は厳しくなってくるんだろうと思います。その時に,少ない人間が医療を受ける側にどういうふうに返していけるか,それはアジアの構想でも同じだと思うんですけれども,そういう視点から見ていると,私は「遠隔地医療ネットワーク」が実現できるんであれば本当にすばらしいものになるんじゃないかなと思うんです。


5.医療として完全週休二日制は是か否か

司会  これからの21世紀というのは,本当に省エネじゃないんですけれど,皆が力を合わせてそれで無駄なものは省いて,効率よくということで,話題として出させてもらったんですけど,一つは遠隔地に行かれる先生というのは,若い先生だとやはりどこか苦しいかなということもあると思うんです。それを保障するようなものというのも,情報は勿論,第一番目は救急の時にはすぐにでも対応できるようなそういう方策をとる。第二番目は,やはり人的援助であると思います。

 ここで,さらに掘り下げてみたいと思いますけれども,ここにいらっしゃる先生方は偶然にも完全週休二日制で,土,日と同じ日に皆休みをとるんですね。これだと医療機関全体からみて人的資源という意味では医療機関としての使命を本当に果たせていると言えるか。病気には土,日はありません。月曜日から日曜日まで均等に休みを取る,変則週休二日制,こういうものを導入したら,もう少し遠隔地と手を結びやすくなるんじゃないかなと,ちょっとひらめいたんですけど。

中田  いや,先生がおっしゃるとおりなんです。サマータイムを沖縄県で導入できないかというディスカッションが何年か前にあったように記憶してますし,昨日の朝刊だったと思うんですけれども,上田理事がたまたま発言者は公務員ばっかりじゃないかというご発言があったから申し上げるんですけど,公務員の中に民間の色々なセンス,それをどんどん植え込んでいかないといけないというような内容の記事がありました。

 私が思うのは,今の民間企業のコンセプトというのは何も土曜,日曜を休むという制度じゃないんです。NTTだったら,先程もご発言があったように,自分の家で仕事をやっていればいいんです。ネットワークの世界というのは,ISDNですぐにアクセスして,そこでやり取りすればいいんです。自分の家でもオフィスでも一緒なんです。やっているところがオフィスであろうが家であろうが,それはもう全く同じレベルなんです。

 そういったことを考えると,上田理事がおっしゃるように,全員が土曜と日曜を休むんじゃなく,月,火と休んで,ボランティア活動すればいいんです。それだけの余裕というのは少しずつ出てきていると思うんです。今日本人の中にもボランティア活動というのが定着しようとしている。そしたら,我々国家公務員も,積極的にそういった活動もやれるんじゃないか,できるんじゃないかと思います。

 それと先程から崎原先生が盛んにおっしゃっておられますし,先だって新垣先生もおっしゃっておられましたけれども,ネットワークを介した電子情報だけの交換ではだめなんです。積極的な人の行き来がなければだめなんだという,それは医療の根底だと思うんです。その根底がしっかりしているから,今度オジー,オバーと交信ができるような環境が徐々に仕上がってくるんだと思うんです。

 国家公務員もそうですし,県も同じことだと思うんですけれども,こういうネットワークだとか色んなものを介してのダウンサイジングじゃなくて,非常にシビアな経済状況を背景にしたダウンサイジング,定員削減といいますか,そういった時代の流れというのは,今後もまだ続くことが予測されるわけですけれども,それはボランティア活動で補完できる可能性はたくさんあると思いますし,最初にフェイス・トゥ・フェイスがあって,その次にはネットワークを介したコミュニケーションでやっていけるんじゃないだろうかと。それができれば,きちっとした形でのダウンサイジングになっていくんじゃないかなと思うんです。

司会  ダウンサイジングという,今行革で色々と議論されているわけですけれど,皆やっぱり手をつないで生きていこうというのは,皆で我慢しながらでも頑張ろうということで,短絡的なリストラという発想は非常に寂しい発想ですね。やはり今の医療費とか,今の人件費の中でどれだけ効率的に患者さんのために貢献できるかを考える時だと思うんです。また,遠隔地に行った人でも,楽しかったことももちろんあるはずです。それとどういう具合に,全体として関わり得るのかなというようなことを発想すると,皆画一的に既成概念で21世紀を迎えるというのは,ちょっと残念だなと思います。色々ブレーンストーミングをしながら,遠隔地の方にどういう具合に我々が関わっていったらいいんだろうとかいうような観点もまた大切じゃないかと思うんですけど。その点で,松本先生,いかがでしょうか。

松本  ダウンサイジングとかリストラかとか色々ありますけど,公務員は一律何人ぐらい減らすなんて話になってしまいます。しかし,人手がたくさんいる部署と,そうでない部署とがあるんだから,それをきちんと認識して,こっちはあんまり減らさない,こっちは減らすようなことをやればいいんだと思うんです。あるいは人を移すかなんかすればいいと思うんです。それを何もかも同じようにしてしまうから,非常に迷惑するところが出てくるわけです。

 私が八重山にいる時に,遠隔医療の実験の話が出て,やってみたんです。テレビ会議システムです。おばあちゃんが動けるかどうかとか,皮膚の色がどうかとか,そういうのをやるんですけど,これは郵政管理事務所の方からの依頼だったものですから,最初は色々批判的に書いたんですけど,ちょっとはいいふうに書いて欲しいというのがあるものですから,さほどひどくは書きませんでしたけれども,遠隔医療イコール幻覚医療であると。僕はあっちこっちでそれを言っているんです。なぜかというと,先程皆さんがおっしゃったようにある状況を想像して,その想像が事実だと誤解して,だからああしてあげたらいいだろう,こうしてあげたらいいだろうなんて思っていらっしゃるような感じがするんです。そういうアイデアが厚生省に届いて,厚生省からさあ遠隔医療だ,患者さんの顔はテレビで見たら診察したことにしてもいいですよなんて,格好になってきているのかなと思うんです。実際,じゃあ患者宅にテレビカメラ設置して,たまたまスイッチをつけてみたら,患者が倒れて痙攣している。一体何ができますか,何もできませんよ。本当にこんなあほなことはないなと思います。やはり医療の手作業が必要な部分というのは,人が行かない限りどうにもならないんです。

 ただ離島にいてもここにいても勉強する時は,トータルで見れば情報というのは文書や画像の形で手に入れることの方が多いわけです。実際に経験して,色々情報を手に入れるのも多いんでしょうけれども,やはり自分自身が物理的に時間を使ったり,体を使ったりして手に入れるというのは限界があるわけです。そうすると,膨大なものは大半文書で手に入れることが多い。コンヒピュータネットワークそういうものには役に立つだろうと思います。

 だからやっぱり,ネットワークでも使い方というのは非常に大事だろうと思うんです。そういった意味で,あまり遠隔医療ネットワークとかそういうのは,あたかも何もかも解決するかのように思われているけど,どうもそういうことじゃないんじゃないかと思うんです,実際。

 話があちこち飛びますけれども,先程も週休二日制の話で,全く皆同じように土日休む必要はないじゃないかと。確かにそのとおりなんです。実際どうかというと,病院の方は既にそういうふうにしているんです。看護婦さん方も休みの時間を見たら,彼らは土日に必ず休めるというわけじゃないんです。もう既にやっている。崎原先生達もそうなんです。やはり土日は忙しくなるんです。夜が忙しくなる。だから彼らは時間をずらしてきます。それは非常な努力だろうと思うんです。だって土日は,ああ,やっとおとうちゃんが休みになったと。だから今日ぐらいは家でボランティアしてもらおうかと嫁さんは思っているかもしれません。ほとんど朝出て行く時には子供も寝ている,時々家内も寝てますけど。そして帰ってきたら,ひどい時は家内も子供も全部寝てしまっている。一週間ちゃんと起きた顔は見てないというのでやっと土日の休みが取れた。じゃあここでサービスしておかないと,父親としての威厳もなくなるし,親父は子供の時自分と全然遊んでくれなかったと,ぐれられても困るだろうと,だからボランティアですね。本当は自分は患者さんのために一生懸命勉強したいと,そう思ってもしようがないから,ボランティアしてやろうということになって,土日もボランティアです。一日は子供,一日はかあちゃんと,そういうようなことをやっていると思うんです,皆さん。

 ただ,確かに土日にまとめて休みをとることもないんじゃないかなと,私なんか思います。ただ,この勤務形態といいますかシステムは,自分は土日に病院に出てきているから,外来は土日にしますといっても,これはやはり無理です。でも,それをありがたがる人達というのも沢山いるはずです。あるいは午後8時や12時までやっていますからどうぞいらしてくださいと診療すれば,ありがたい人達はたくさんいるはずです。

 だから,そこらへんの仕組みを,やはり考えなければいけない時期にきているんじゃないかと思うんです。それは確かだろうと思うんです。

中田  松本先生のおっしゃるとおりだと思うんです。ネットワークということそのものが,意識改革を伴わないと,全く無用の長物だと思うんです。私,イメージで一番,自分自身分かりやすいのは,テレビアニメでやっている孫悟空のカメハメハというのがあるんです。敵を倒すのにカメハメハと言って敵を倒すんですけれども,その時に,宇宙の万物,昆虫であるとか,鳥であるとか,動物であるとか,一木一草に至るまでちょっとずつ気をもらうんです。

崎原  先生,それは元気玉であります。

中田  先生おっしゃったように,自分達が同じ土俵の上で働いていているんだけども,自分の家庭なり何なり皆もっているわけです。だからそれは大切なんだけども,やっぱり組織というのを無視してしまうと,スタンダードな発想だけしか出てこない。自分の打ち込んだデータは自分しか利用できない。何人も利用できない。この人にも使ってもらいたいと思っても,そういう発想があれば,ネットワークという発想,皆で手をつなごうという発想になる。あんた休むんだったら,私今日カバーしておくからと。もう自然にそういう発想になってくると思うんです。

松本  看護婦さん達は,実際そういうふうにして働いてますよね。だから病休で休んだら,あれはどうやってやっているんだろうなと思う。本当に頭が下がりますけど,やっぱりカバーしてますものね,偉いなと思う。人的資源はたくさんあるというふうに,ある面では考えられるかも知れませんけど,必ずしもそうではないですね。相当の努力がそこにはあるんだと思うんです。

 一面的な見方をされて,公務員は土日休みだからという,ああいうふうな考え方も確かに出てくるんですけれども,ただ組織の機構を色々変えることによって,皆一時に土日に休まないという方法も確かにできると思うんです。

司会  応援体制とか,そういうところから考えると,もう今までの本島とか離島とか,救急医療の分野ではもうちょっと崩していいんじゃないかとか,全体の仕組みとしてという考え方も必要かも知れません。ボランティアとしてというのもあるだろうし,そういう時に活用できるようなスタイルも,一つの応援の方法じゃないかなというのは,今ある資源でやろうとした時にですね。

崎原  それで,例えば,実際に24時間動いている救命救急センターに,そういうものが集まるという形が一つありますよね,今実現性のある形として。そして,離島の24時間を受けましょうと。そしてそこに人が集まることによって,その応援もやりましょうというのが一つじゃないかなというのはありますね。

松本  あそこに座っていらっしゃいます,稲福先生も,相当前からやはり我々は海外へも目を向けるべきだという意見で実践されていますが,国の方針として海外の発展途上国を医療の分野で助けていこうという発想があるわけです。そういう事を我々もやらんといかんということで,僕もうまいことだまされて,そこに手伝いすることになったんですけれども。

 確かに,これは色んな面を考えているんですが,卒業する医者はどんどん増えてくる。彼らの働く場所というのはどこにあるんだということを考えていくと,何かもう恐ろしい勢いで増えているものだから,もうすぐ皆あぶれてタクシーの運転手,といったらタクシーの運転手から怒られるかもしれませんが,医者ができなくなってしまう。何かしら医者じゃない仕事で頑張らないと,飯も食えないんじゃないかというような感じがするんです。そういう時に,離島はいい職場としてありますとか,海外にこういうふうなのがありますよとか,そういうことがある程度支持されるんじゃないかと思うんです。

 だけど,実際,離島には若い人は行きたがらない。そうすると,じゃあそれをうまくやる方法は何かないかと。公務員医師会で色々考えた時に,基幹病院というのは離島の診療をカバーするために,協力医師登録制度とかそんなものが必要なんじゃないかとかいう話をしていたわけです。よく考えてみると,全ての離島に診療所なんてないぞと。開業医の先生方もいっぱいいらっしゃる。自分一人で,365日どこにも勉強にも行けない,家もあけられない,そういうような方達もたくさんいるはずと考えたんです。そしたら,プールする医師の数をある程度確保すれば,そういう開業医の先生方は勉強に行きたい時に穴埋めをするとかの方法も取れます。今それは大学でやっていることなんですかね。そこはよく分からないんですが。

中田  まだそこまではカバーしきれていません。一つは,上田理事から以前に提案がありましたけれども,県医師会の医療情報システムで,医師の派遣みたいなそういうコーナーを設けて,だれか何月何日の何曜日の何時から何時までカバーしてください,そういった情報も扱っていこうかというようなことをちらっとおっしゃったことがあったんです。

松本  おもしろいですね,こういうのはやっぱり,そういうふうにしてやっていけば,お互い勉強したいという方もたくさんいらっしゃるはずですよね。ただ,もう時間的にどうにも仕事に縛られて,動けないから勉強に行けないだけの話だと。そういうのをサポートするようなシステムがうまくできれば。だから,そのために何らかのそういう団体をつくれば,そういう人達を,例えばこの間の阪神大震災の時にはボーンと出て行けるとか,よその国の地震だとかいったら行くとか。色んなことに国の仕事として役に立つようなことができるんじゃないかというふうなことをよく稲福先生と話していたんですが。

 我々は,何らかのきっかけになるかも知れないからという意味で,JICAのプロジェクトをお手伝いしているんですけれども。

 県の将来の医療ということだけではなくて,世界に少し目を向けていく。そして,どんどん増えてくる自分達の医療資源を有効に使う。有効に使うためには,ある程度のレベルに達するためにきちんとした研修教育を受けさせる,そんな仕組みをつくる。そしてある程度のレベルに達した人達が,海外をサポートしてまわる。年をとって,あるいは何らかの理由で引退していく人もいらっしゃいますから,その後に離島医療をカバーすることを考えたらどうだろうかと思うわけです。


6.メディカルフリーゾーン構想

中田  今回の企画書の全面には出ていませんが,今の出かけていくという発想もあるんですけれども,上田理事の場合,「メディカルフリーゾーン構想」で唱っているのは,沖縄県にそういうものをボーンとつくろうという,ハブ構想なんです。出かけていくこともあるけれども,もうどんどんお越し下さいと,そういった構想も一つあると思うんです。こっちからJICAだとかいうことで出かけていく,またネットワークでコミュニケーションを取り合うという発想もありますけれども,まずそのネットワークのコミュニケーションを持っておいて,沖縄に来てもらう。そこで医療関係者人材育成センター,総合医療情報センター,医療分野でのアジアを中心とした国際貢献を目的としたメディカルセンター構想が三本柱になっていますが,この沖縄がアジアの中心になって頑張っていこうという壮大な構想なんです。

松本  大事なことだと思います。実際やっぱり一旦出かけて行って,プロジェクトに参加すると,それで終わりということはできないんです。だから結局は後の面倒を見るために,そのプロジェクトの対象となっている方達は,やはり一定期間来てもらうんです。自分で研修を受けてもらったり,あるいは他の施設で研修してもらったりするんですが,沖縄に来て頂くと皆さんとても嬉しいみたいです。

 実際,ASEANから多くの看護婦や医者の皆さんが来られてますけど,お世話をする側としては大変ですよね。先程のセンター構想で十分その人達の面倒を見きれるスタッフがいてやってあげれば,これに越したことはないだろうと思うんです,本当に。

 だから,そういった意味では,きちんとしたサポートができるような組織をつくり,仕組みをつくることはとても大事だと思うんです。

司会  稲福先生,実際の牽引車でご苦労なさっているところを一つ披露して下さい。

稲福  披露というか,そういう大袈裟なことじゃないんですけど,この遠隔地医療ネットワーク推進事業自体が,先程中田先生が言われましたけれども,とにかく意識改革というか,それの引き金になればという感じが僕はしているんです。というのは,沖縄県の保健医療を担っている人達というのは,何も医師会だけじゃなくて,栄養士会や看護婦協会とか,多くの団体でなごみ会が構成されているわけですし,すべての団体が医療を担っているわけです。ただ県医師会の中にも,各地区医師会として11地区医師会があります。その地区医師会間のある一つの物事に対する考え方でも,非常に温度差というか,そういうようなのがあるわけです。このネットワーク推進事業を打ち出して,皆で考えるということは,一つこのネットワークというのは,きめの細かい神経づくりだと僕は解釈しているんです。そうしておけば,それぞれの間での情報のやり取りがうまくいける。そして,そうすることによって,保健・医療・福祉を担う医療従事者というか,そういう方々が,何かあった時には参集,あるいは意見交換できる,そういうコミュニケーションづくりだと思うんです。ただその中で,じゃあ先程から遠隔地医療ということで,離島のことを中心にされていますけど,この遠隔地の中には広い意味で,本島内のそれも僕は遠隔地だと思うんです。灯台もと暗し。距離は近いけれども,実際には離島よりもずっと遠いということもあります。ですから遠隔地医療というと普通,離島をイメージしますけれども,実際には近くの遠隔地もあるんです。それをも含めたもので何かいい構想ができないかなというようなことを今考えながら,座っていたんですけど。

司会  今から手をつないでいこうとする時に,今までスタンドアローンで自分達の組織が,自分達の勤務場所が,それから自分達の職種がという,すべてがそういう形で世の中成り立ってきたんですけれども,これからの,特に21世紀のネットワーク時代は,自分の組織や立場を少し離れて他の活動をするとか,それから他の組織の人達とも交流をしながら応援したりというような形で,基本になっているのはやはり人の結びつきだと思います。それをいかにネットワーク,今の電子的に進んだものを活用するかという具合に,主体性はあくまでも我々にあるんだとことです。

瀬戸口  皆さんの話を聞いていて,遠隔地医療も,例えば離島,僻地とありますけども,それを外国に広めても,これは一緒なんです。ただ外国に行けば言語という課題がございますけど,ツール的には一緒だということなんです。じゃあ自分もそういうところにいらっしゃる方が何を希望されているかという,そのコンセプトを目的化していないと,ただネットワークを結んだだけでは,これは手段というネットワーク,要はインフラという部分に過ぎないわけです。

 色々な方とお話ししますと,光ファイバーを引いてくれとおっしゃるんです。何するんですかというと,いや,まず引くのが先だと。目的は何するんですかという部分が,はっきりしないことが非常に多いんです。そういうところに要望に応えて色々やったとしても,結局は埃をかぶるだけという感じがあるんです。

 だから,最初に遠隔地でも何をするかという目的をはっきり持って,その部分で自分らの,例えば診断なり,あるいは診察なりについて,いかに向上させるかとか,どの部分でネットワークを利用して,情報に活用するかということを明確にしておけば,スタンドアローンである部分とネットワークでつないだ部分で何倍もの力を発揮するという感じだと私は思うんです。スタンドアローンでひとつのパソコンを例にとっても,ただそこだけの力にしかなりませんけど,ネットワークで結びますと何倍もの力を発揮するということでございますので,やっぱりお医者さんの世界でもネットワークと結んだお医者さんは,パワーが段々と年月が経つに従って非常に差が出てくるだうと,私も直感的に思うわけです。

 やはりネットワークというのは一つの道具だということです。人を見る目もその道具は見ることはできませんので,お医者さんがいて,こういうネットワークの道具をどういうふうに活用するかということを,はっきりしたコンセプトを持って取り組まないと,やっぱりこれは失敗するだろうなという感じが私は致します。

 そこのところは,例えば色々外国との話もございましたけれど,そこについてもやはり一緒だろうと思うんです。例えば東南アジアの発展途上国そういうところの方々が何を望んで,この日本のどういうお医者さんや優れた医療機器,お医者さん方がいらっしゃるところで何をしたいかというのがまずはっきりしないと,ネットワークを結んでも多分私は意味がないだろうと,そういう感じがします。

 今回私どもが沖縄県に色々ご提案申し上げていることはどういうことかと言いますと,例えば,離島にお医者さんがいらっしゃる。このお医者さんは小児科の先生だとします。しかし産婦人科やその他いろんな病人が多分そこにはいらっしゃるでしょう。例えば県立中部病院なり,きちんとそのネットワークを利用できて,サポートができる。そういうシステムはいかがでしょうかとか。例えば沖縄と東京とではある程度の差が少しはあるんじゃなかろうかという感じがしますけど,ここのレベルで全部持ち上げるためのツールとしての遠隔医療だというふうに考えていまして,そういうのを目的とすると,ある程度は厚生省とかも多分お金がくるんじゃないでしょうかというふうな感じなんです。やはり,色々な医療面のインフラなり,医療面の色々な部分で遅れている部分を,とにかくこうして,全体が平等にいい医療を受けられるように,まずこういうふうに持ち上げていこうという部分を計画された方が一番無難なやり方じゃないでしょうかという話を,県の方には色々申し上げました。

司会  やっぱり上下(かみしも)なんですね。上から下にかわいそうではないかという発想でしか,万事が予算に対して動かない。ですから今回の沖縄県の遠隔地医療ネットワーク推進事業の基本案はそういう思いで,多分最初は本庁の方で発案されたと思います。しかしただ遠隔地診断とか,そういう通常考えられるレベルじゃなくて,もっと必要なのは,やはり人の交流が,他の諸団体,医療関係者の団体で結ばれるような,そこまでのことをやってもらいたいなと思います。診療の部分の応援もするし,そこに付加価値的としての結びつきをということで,第一番の企画書ができあがっているわけです。そういうものをつくっていく時に,あとは色んな活用の仕方があると思うんですけれども,そういう方面で何ができたら遠隔地医療はどうなるだろうかということで,崎原先生。

崎原  中部病院には毎年有名な外国人の講師が来られますが,それを離島でそのまま見ることができないかという話なんですけれども,もし双方向で質問ができるとしたら,その時間はまるで隣の部屋にでもいるような感じでしょう。そういう可能性というものをこの事業の中から感じ取ったんですけれども,それには離島全部にISDNを引かないといけないんじゃないかな。

 また,病院全部を結んで,そうしましたら患者さんのIDが一つになる。そうするとこの病院でやった検査,薬の情報,画像も全部見れますよということになります。そういう結び方,ここまでいきますと,これは全部が一つの病院という形になるんですよね。それぞれの病院で,入り口は違うんだけれども入り口を入ったら,もう「あなたは沖縄県の病院群の中に入りましたよ」ということで,どこからでも再診となる。そこまで行きますと,色んな県立病院であれ,大学病院であれ,民間病院であれ,それらがつながるとなるとすばらしいなと思います。

司会  基本的にはアカデミックネットとか,それから県立病院系ネットとか,民間病院ネットだとか何らかの組織体をつくって,こういう情報はお互いに共通にしていきましょうということだと思います。ただ闇雲に全部やるということでなく,主体性をもって情報の乗換えをするのでなければ,それぞれの病院の特質性を殺してしまって,全くのんべんだらりとした形になるんじゃないかと思います。

松本  実は,医療保険,医療にかかるお金に無駄な部分もあるだろうと思います。だからこういうふうに統一化して,一定の制限を設けていけば無駄な部分はどんどん減っていくはずです。今でさえ,沖縄県の医療費というのは非常に低いんですよね。しかも,東京なんかの医療砂漠と違って,救急に関しても非常に素晴らしい医療が提供されていると僕思っているんですよ。誰でも安心して緊急の場合は命を任せられるのではないかなと思っていますけれどね。そうすると,やはり情報はできるだけ集約的に集めた情報を徹底的に利用すると。例えば再検査が必要だとするならば,なぜなのか。根拠をきちっと書いて,そしてその理由が正しいかどうかを評価する機関も設けて,あなたのやり方はおかしいとか,いくら医師の裁量権といっても,それは裁量権の範囲を越えているとか。このデータもなぜ,ここが使えないのかとか。スタンダードな医療のレベルというものをキープしながら進めていくというやり方が一番いいだろうと思う。

 そのためには電子カルテ化を進め,しかも一人一ディスクですね。医療に関しては生まれた時から死ぬまで,全部の記録が残るというふうなことをやっていけばいいだろうと思います。


7.画像転送

司会  まずは段階を踏みながら,あまりにも全部一患者一ディスクとかというところまで行かれると,ちょっとまだまだ色んな問題が出てくると思います。現実よりも,一歩進んで共通利用と言いますか,そういうものを考えていく段階が今じゃないかなというふうに思っているんですけれど。

 NTTからもいらっしゃって頂いているので,今キャラクターベースのBBSとか,そう言う形に進んでいるんですが,画像についてちょっと意見をお聞きしたいと思います。音声は今電話ではなくてもインターネットホーンとか,国際電話まで全く近距離電話と同じようにできる時代になって,これは実用化されていますよね。ですからKDDがちょっと大変かなと思うんですけれども,インフラとの関係はどうでしょう。

瀬戸口  そうですね。画像に関しては今のレベルで技術的には出来上がってまして,ただ価格的に非常にまだ高い。これは量的な問題だろうということ。もう一つは,そういうものに情報量を入れるためには,ものすごいデータ量が必要で,それを運ぶための料金というのは非常に高い。ただ,多分2000年をちょっと超えた頃には非常に安くなるだろうと私どもも思っています。今機器としては多分,千万単位ぐらいではなかろうかなという感じがしますね。非常にいいものが出来上がっています。OCN(オープン・コンピュータ・ネットワーク)というサービスが今年の4月から那覇でも始まりますけれども,将来多分6メガから10メガぐらいのものが1万円前後になるだろうというふうに言われております。だから,高度な器械がある所については,そことネットワークで結んだ格好で,可能になるんじゃなかろうかなと私どもも思っております。あとは料金の問題が2000年を超えますと,多分非常に安くなるだろうという感じが致しますね。だから普通の開業医さんでもいけるようなレベルに私はなるのではなかろうかというふうな感じがします。

松本  あちこちの施設で画像の部分を取り扱うことが非常に大きな問題になっていまして,我々もイントラネットの中でどんなふうにしようかという話があります。画像は重た過ぎてネットワークなんかを通すわけにはいかんだろうという感じがあるものですから,せいぜい,参照画像程度だろうと思います。ただ実際どういうふうに使っていくかです。絵自体を見て判断するのは画像診断屋さんなんですよね。端末にいる我々が例えば検査をオーダーする場合,自分でそれを必ず読影しないといけないかというと多少の読み取りの差はあるかも知れないけれども,画像診断屋さんのサポートが全面的に受けられるようなシステムでは,いちいち自分で写真をみる必要はないんですよね。じゃ,何のために写真を手に入れるかというと,患者さんに説明するためだけに写真を利用しているような感じがしているんです。そうするとネットワークの中では参照画像程度の軽いものを動しておけばよろしいということになります。うちではかなり放射線部門の読影サービスは行き届いていますので,そういうやり方のほうがいいんじゃないかなというふうに思っていますね。

瀬戸口  今度B−ISDNというネットワークができ上がりますと,低いのは低いの高いのは高いの,もうどれでも通すようなものになってまいりますね。この部分については2005年か2010年には,それをやろうという計画でいます。そこまでいきますと普通のもの重たいもの,軽いものすべてが通るようになるという感じになります。今ですとやはり重たいものと,軽いのというのは別ルートでほとんど行っているような状況ですし,重たいものは非常に料金もまだ高い。そこの分がだんだん安くなってきているというのは,要はパソコンもメインフレームですと,前はものすごく高かったんですけれども,メインフレームの機能で今パソコンレベルでできていますので,通信量も大体その後を追っかけているというような状況はあろうかと思いますね。電電公社時代の昭和50年代には3分720円していたものが,今は3分110円になってきています。今後まだずっと下がっていくだろうという傾向はありますね。質は落さずに,しかも料金は安くなっていくという方向は,多分今後も変わらないだろうと思います。しかも,ある一定の料金ですべてをやろうというような方向に来ているのではなかろうかなあという感じが致します。


8.ヒューマンネットワーク

宮城  給食なんて,手作業というのか調理員が一生懸命あの暑い中で頑張っているような状況なんですが,たださっきから,ネットワークという話が出た時に,実は随分私達がどう関わっていくかということを考えていたわけですね。もちろん離島に対する医療のあり方を考えたときに,私は医師会が旗振りをしたからこそ素晴らしいと思ったんです。正直言って,我々の同業でさえ,ある患者さんがこっちに来たから,その患者さんの情報を下さいと頼んでもシークレットなんですね。どうしてうちの病院の情報を使うのかとことわられました。それはいわゆるビジネスが大きく関わっているわけです。

 最近,栄養士会の中でも言われたように,病院がつぶれていく,そういう病院にとって今厳しい状況の中で,どれだけの情報を公開し,ネットワークが組めるのかというのは一つ疑問だったんです。中田先生がおっしゃった「ネットワークというのは,実際には人間が手をつなぐことですよ」と聞いたときには私は非常に救われたと思うと同時に,そういう発想で意識を変えていくという中でいわゆるネットワークをつくっていく。私は一人の患者さんを,全体の医療というネットの下でケアをしていくという,こういうのができると非常に素晴らしいものだと思うのです。それを沖縄だけでなく,今沖縄の持っている地域性とか,経済性とか,そういうものを含めてアジアに広がっていくのであれば,これは我々医療人として仕事をやってきて本当によかったと思える。公務員は時間に制約されるとか色々なことがあるわけですが,今意識改革といった中で,それらの問題もいずれは突破られていく時に,本当に素晴らしい医療というのができるのではないかと思います。

 我々は,もちろんビジネスで仕事はしていますけれども,最終的には365日休みでも休めないときは我慢していくとか,特にウチのような給食現場で言うと朝5時から起きて夜は遅くまで,交替でやっているわけです。でもその時に医療に関わっているんだという,いわゆる使命感みたいなのがあるわけですね。

 さっきNTTの瀬戸口さんが,目的は何なのかそこをしっかり押さえれば,ネットワークを組む時に,組めば徐々にエネルギーになっていくだろうという話をされたんですが,パソコンを入れる時に,例えば家をつくるのに設計の知識がいるわけではない,大工の技術がいるわけではない,私達は快適な家をつくりたいので,こういうふうにしてくれとか,そこに住んだ時に蛇口のひねり方がどうなのか,右なのか左なのか,それが分かればいい,それで快適に住めばいいんじゃないかというのと同じだと思います。

 私は沖縄県医師会が,いわゆる旗振りをしたからこそ私達も医療人として,医療という前提で,みんなが取り組めるのであって,非常に素晴らしいのではないかなというふうに思ったのです。

司会  ネットワークというのは本当はそういうものなんですね。技術的な部分は電気的だけど,やはり気持ち,これを支えているものがないとネットワークは本当に電線を通しても何も通らない。やっぱりやりたいネットワーク,手を結びたいということから入ってくるんじゃないかなと。これで色々なものを発案しながら出していったとしても,そこに出していったものに対しても,どんどんそういう情報に自分達の思いを入れていって,それが完成していくその過程がやっぱりまた一つのネットワークをつくっていくことだし,それが人生,人生と言ったらおかしいですけれども,仕事ではないかなというものもある。

 ですから,今回の構想はきちんとしたビルディングを提示したわけではなくてそこには色んな関係の人達が関わって,どんどんどんどん完成していく意志表明をしたわけです。今のコンピューターの世界はそういう世界になっているんですよね,実は。

瀬戸口  私は絶対ヒューマンネットワークがしっかりしていないと,電気的なネットワークのみでは,ちょっと難しいんじゃないかなという感じが致します。私どもの会社でも知っている者同士でヒューマンネットがちゃんとして,その中でコンピューター同士のネットワークをやろうということが以心伝心で伝わると。ところが全く知らない人になってくると途切れてしまうんですよね。だから多分,中部病院にも外国の方は色々いらっしゃると思いますけれども,その方が中部病院の方とフェイス・トゥ・フェイスで色々仕事をされて,そして帰って行かれて,こっちで困ったことがあったとして,やっぱりフェイス・トゥ・フェイスの方に多分細かいネットワークが出来上がっていくんだろうと思いますし,そこにやっぱり電気が流れるし,そこのところが本当に人間の神経細胞みたいな部分だろうなという感じが致します。私どもの会社でもやっぱりフェイス・トゥ・フェイスで一回でも会った人と,会わない人とのネットワークというのは当然違ってきます。会ったことのない人とはどうしても義務的な部分のネットワークでしかないなという感じが致します。これではいけないのかも知れないけれども,私はやはり人間的な部分が我々の世界にもあると思いますけれど。

松本  瀬戸口さんがおっしゃるのは非常に大事なことなんですよね。私達ネットワークができたら何が一番いいかというと,結局人と会うということですね。会うというのはなかなか自分達の忙しい仕事に追われていると接触はできないですね。しかも,自分達の顔見知りの連中ばっかりで寄り集まって,他のところは排斥しているわけではないんだけれども,自分達の細かい情報も向こうには伝わらないし,向こうの細かい情報も伝わらないものだから,それで,お互いに何となく疎遠になっているんですね。そういうことはとても多いわけですよ。そうすると電気的なネットワークのつながりを求める前にヒューマンネットワークがない。ここに問題がある。

 ここをどんなふうにしたら解決できるのかという事ですが,先程瀬戸口さんは,「目的無しにこういうものをつないでも,あまり大した効果が得られないだろう」ということをおっしゃったんですが,実際自分達でつないでみて思うことは,そうとばかりも言えないかなということです。例えば離島も,離島の情報も,私は向こうに行って少し分かった。だけどこっちにずっといたら離島の人達が何を考え,どういうことで苦しんでいるのか分からないんです。ところがもしも,そういうネットワークにつながるものがあって,例えば,どこかに掲示板があって,「八重山病院の西表の何々診療所から」というレポートがあって,ここではこういうことで困っています,ああいうことで困っています。あっちこっちの診療所がそういうものを出してくる。そういうふうになると,離島というのはこんなので困っているのかと,俺なんか想像もつかなかったなということがあると思うんです。ネットワークを通じて,相手の情報を手に入れることができる。同時に自分の情報も相手に渡すことができる。そうすると,見えない壁みたいなものが,だんだんと取り払われていく。ぽんと会ってやるのが一番いいんですよね,顔を見あわせて。ところがなかなかできない。そういう中で,まわりでネットワークをやっている人達を見ると,お互い顔は見たことないんだけれども,非常に親近感があるんですね。たまたま東京あたりに出かけていって,その人と初めて会うんだけれども,「私は初対面なのですが,そういう感じがしません。」非常にスッと入っていけるんですね。そういう部分にネットワークというのは非常に大きな役割を果たすと。まず,電気的につないでみても,効果があるのではないかと僕は思っているんです。

崎原  そのネットワークというのは育てないといけない。だから,まずネットワークを引く。そして次の段階に行って,このネットワークを育てていく。つまりお互いに栄養をあげる。栄養というのは情報だと思うんですけれども,いい情報がネットワークの中を流れることで,ネットワークがどんどん成長して魅力的になって,また新しい情報が入る。そういうことで,一つの大きなネットワークをつくると,それを絶対に守り育てる人が必要なんですね。管理者を育てて,いつも見守って,ある地域から声が聞こえてこないなという時に,ちょっと連絡をしてみるとか。今回の医療情報ネットワークができたとしても,そういう部門ががっちりしていて,そこがネットワークに栄養を与える。あるいは魅力的なものにするには,どうすればいいかと考える部署というのをきちっと置かないといけない。こういう情報が無くて困っているよという時に,それに対して答えをあげる,解決をする。それをきちっと受け止めて解決するにはどうしたらいいんだろうか,というようなそういう場所があって,部門があって,初めてネットワークがどんどんどんどん生きていくんじゃないかなという感じがしますけれど。

中田  これは,上田先生がよくおっしゃるんですけれども,ネットワークというのは神経組織の発生学的な進化と同じような経過をたどるだろうと思うんですよ。最初はクラゲとか,最も原始的レベルのところから始まって,ミミズでは梯子段状になり,さらに進化してしまえば中枢神経系まで出来上がってくるような。

 だから,「遠隔地医療のネットワーク」と言っても最初は非常にプリミティブかも知れないけれども,色んな情報をお互いが感性を持ってやり取りし合っていく中で,進化していくだろうと思うのです。その進化の基盤というのが,先程瀬戸口さんがおっしゃるように,インフラをまず整備しないと,で同じように松本先生もおっしゃるように,まずインフラが整備されていれば,ネットワークでつながっちゃうじゃないか。最初に何らかの構想なり何なり,そういった大上段に構えなくたって,つながっちゃっているんだったら交信しちゃおうかななんて,それでもいいんじゃないの。これも正しいと思うんです。その上で,崎原先生がおっしゃるように進化があると思うんです。ちょうど人類に至るまでの生物が何億・何十億年とかけて進化してきたのと同じような過程があるんだろうと思うんですけど,ただ何億も何十億年もかかるのではなくて,多分瀬戸口さんがおっしゃるように,2005年にはこう,2010年にはこう,そういうレベルの進化だと思います。

崎原  僕は,医療情報のネットワークの形として二つあるんじゃないかと思います。インターネットのようにどんどん伸びていって,そして色んな情報を蓄えられる形。これはどこへいくか分からない形だと思うんですよね。どんな素晴らしいのが生まれるかも分からないし,とにかくどこに行くか分からない。だけどとても可能性があるんです。それともう一つはある目的のためにばちっとその目的をこなすにはどうしたらいいかということでつくるネットワーク。今の沖縄県の離島医療情報ネットワークは,とてもクローズなんです。その目的というのが,離島に行っている医療従事者が幸せになれないと,離島の住民は幸せになれないよ,だから離島のみんなが幸せになれるにはどうしたらいいんだろうか。今の苦しみをどう取ったらいいんだろうか。今,ネットワークの一番の基本は,多分それなんですよね。だから,そこは見失ってはいけないだろうと思います。そして,そこは見失わないで,そしてもう一つインターネットみたいな,もうちょっと外に向かって,どんな力が加えられるのか,どんなに成長するの分からない,そういうネットワーク,この二つがあると思うんですけど。

中田  先程宮城先生のお話で非常に嬉しいなと思ったのは,最近は三位一体と言っているんですけれども,前世代の医療というのは患者さんがいて,お医者さんがいてというような,何かある意味では上下関係で結ばれていたと思うんですけれども,もう,今保健と医療と福祉というのは境界線がかなり入り組んでいると思います。ですから,お医者さんが持っているデータというのは,何で私達栄養士が見ちゃいけないの,なぜお医者さんのカルテだけがクローズなのといった,非常にプリミティブな疑問だと思うし,もうそういうコンセプトでやっていこうとするお医者さんというのは,21世紀は倒れちゃうと思うんです。栄養士さんもそうだし,看護婦さんもそうだし,検診センターのデータだってそうだと思います。患者さんが中心にあって,その周りで栄養士であろうが,医者であろうが,看護婦であろうが,それぞれの役割を担っているのであって,上下関係ではないと思うんです。ネットワークというのは正にそれなんです。上下関係ではないんです。私,ちょっと崎原先生に申し上げたいのは,県立病院で構築されたBBSというシステムが,これはある意味で非常に素晴らしいイントラネットだと思うんですよ。だけども,3日の日の医療情報システム委員会で,ちょっとBBSの話題が出たんですけれども,もう外に出ようがないんだと,これが不満なんだと。それを解消してしまうためには,ネットワークというものを,ちょっと上下にセキュリティーシステムをかますことによって,内は内,外は外。それが上田先生が構築してこられた沖縄県の医療情報システムだと思うんです。ですから,観光客の皆様へ,県の医師会の皆様へとなっていて,観光客の人は県の医師会の理事会の記録は全く見れない,ところが会員の先生方はそこに入り込んで見られる。そういう仕組みをかましてあげることによって,中と外というふうな形でできますから,私達が一番注意しなければいけないのは,セキュリティだと思うんです。一つ間違うと患者さんの個人データが外に出るというのは,ものすごく恐ろしいことなんです。これは全国どこの都道府県でも,一件でもそういう事例が出てしまうと,これは国民が非常に恐怖感を抱くと思うんです。ですから,医療情報システムである以上は,そういうセキュリティというものの対策は,きっちりと立てて,少なくとも現時点でのテクノロジーのレベルで,きちっと押さえておきさえすれば本当に自由に外向けの顔と,それと本当に患者さんを中心としたネットワークと,それがきちっと構築できるのではないかと思います。


9.医療情報とセキュリティー

司会  セキュリティーという一つの今話題のところでなんですけれど,一つは,やはりこれからの医療というのは,皆がやっていく医療なんだから,医者だけが守秘義務ではなくて,関与した人達は皆,患者さんのプライバシーを守るということ,外に漏らさないということからスタートしないといけないのではないか。医者とか,その周辺のところだけが特別ということはないと思います。

 もう一つは,現場で現状を見てみるとカルテを患者さんが来てひょっと見てしまうこともあるでしょうし,レントゲン写真はといっても5年間保存したって,劣化するぐらいなものをわざわざ保管しなければならない不合理とも思える義務規定が多々あると思うんです。そういうところも,ネットワーク,データベースとかということからもう少し柔らかく温かく管理していく,そういう気持ちが必要なんではないかなと思います。

あまりにもセキュリティーを一生懸命やっていくと手足を縛られて何もできなくなっしまいます。医療の場合には元にあるものは何とかしてあげようとか,それからよくしてあげようとか,こういうものから発生しているわけですから,その気持ちを我々の中では見えても見ないということも,やっぱり必要でしょうね。自分は見たということと,それを人にしゃべっていいということとは違うという,そういうものもネットワークには必要ではないかと思います。

 BBSのことでちょっと追加させて頂くと,このBBSというのは非常に大切に今まで育てあげられてきた,それをもう一ランク時代に合わせた形で,これも今のインターネットの中で,イントラネットの部分でセキュリティーを持った部分として載せれば,そのまま生きていくと思います。

瀬戸口  問題は特殊情報というのをいかに管理するかだろうと思うんです。私,アメリカに行った時にちょっとUCLAの話,医療システムの話なんですが,大学の成果とか色々と拡張できる分については,ほとんどオープンに支援情報としてやっているという話ですね。一般の部分の,お医者さんのパワーを上げるような情報というオープンな部分と,そうじゃないような個人のプライバシーに関する分については厳しく管理されているという感じが致しますね。だから,これは日本でも多分似たような部分だろうと思うんですね。そういう部分について,やはり厳しい管理をやらないといけない部分もあろうかと思います。もし,それが漏れるというようなことがあるのでしたら,やっぱり一般の患者さんは病院に対して非常に不信感を抱くだろうと思いますし,問題だろうという感じがします。

松本  やはり,カルテそのものを中心として,色んな情報が発生している。だから,できるだけ多くの人が,それを見て分かるように,医療従事者がわかるようにカルテをつくるべきであるという方向で,僕,たまたま診療録管理学会のシンポジウムで,話をしたんですよ。うちの病院でのカルテの記載というのは経過表に看護婦も書いて,同時に医者も書いていくわけです。そうすると一連のものとして情報が流れていく。非常に分かりやすい。それをプロブレムリストに整理してやっていこうとするけれども,これがやっぱりコンピューターに乗せるためのシステムで,しかもコンピューターのシステムはないものですから,すたれていっちゃうんですね。疲れていくんですよ,皆。いちいち書き写さないといけないわけですよね,そのカルテを整理しようとしたら。これを何とかデジタル的なものにしていって,書き写し作業を幾らか少なくするというやり方はできないかと思っている。ただ,私がその発表をした時に,ちょっと懸念していたことは守秘義務のことで,例えば中部病院の医療従事者は全員カルテを見てよろしいということにした場合に,守秘義務を守るように罰則までつけられている対象は誰かと言ったら医者だけなんですよ。そうすると誰が見て,どこで何を話しても構わないんですね。確かに一番大事な情報はネットワークには載せないという原則はあるんですね。ひょっとしたら,そういう守秘義務という部分で医者はカルテを他の人に見せないような,そういう伝統的なものが昔あったのかなと思います。

だからネットワークをやっていく上で,そういうセキュリティーというものを考えるときに,あまりに恐れ過ぎると誰も大事な情報は載せないだろうと。だから,ファイヤーウォールみたいに何重にもセキュリティーを確保するための仕組みをつくって,絶対大丈夫ですよという安心感を人に与えない限りは,なかなかネットワークの中に貴重な重要な情報を載せるというのはできないんじゃないかと思うんですよね。

稲福  僕は広報担当理事でありながら,情報の先端というか,そういうのは非常に疎い。コンピュータもあまり使いきれないんですけれども,会員の先生方にも大分そういう方も多いんじゃないかと思いますね。会員の先生方にもネットワークができると,こういうこともできるんだよというふうなところの実際具体的なイメージをもって教えて頂いたらどうかなと僕は思うんですけれども。

中田  ユーザーフレンドリーというんですかね。要は医療だけじゃなくて,保健・福祉の領域も含めて,全くのボランティアの,表現悪いかもしれませんけれども,おばちゃんがノート型であっても,携帯端末であっても何でもいいんですけれども,バイタルをきちっとある程度のところは記入できて,やった処置を書いて,様子を書いて,それが電話回線でも何でもいいです,ちゃんとセンターに飛んでいって,そこで全部,その患者さんのケアプランであるとか,全部データー収集できるようなシステムでないとダメです。ですから,コンピュータというものに一番怖いのはアレルギーだと思うんですよ。アレルギーが一番怖いのであって,むしろ小学生だとか,中学生のほうが入っていきやすいはずなんです。マウスというやつもそうなんですよね。あれは私の年になると,ちょっと苦痛であるということも多々あります。それは稲福先生がおっしゃるとおりで,ましてキーボードというのに関しては,アレルギーを持っておられる先生方もたくさんおられると思うんです。けれども,テクノロジーというのはどんどん進歩していきますから,要は何か特別な苦手意識だとか,やる前にそういった感覚があるか無いかで大きな差があるんだろうと思うんですね。ない場合は絶対に,こんな便利なもの何で使わないのという。最初に電話ができた時が一緒だったというふうに誰かが言っていますね。電話みたいなものばかげている,ちゃんと筆で書くべきであると。それが,今やポケベルであろうが,携帯であろうが,そういう世の中になってしまった。それと同じことだと思うんですね。

司会  ちょっと広報との関係で,少し突っ込んだ話を。広報と医療情報というのは関係はどうなんですか。医療情報というか,インターネットというのは情報発信,つまりクローズであっても情報発信。それから外に対しても,全く不特定多数に対しても情報発信。情報発信という意味では広報もあまり差は無いように思いますが。

稲福  クローズと言ったところが対内広報だと思いますし,広報には対内広報と対外広報と二つあるんですけれども,クローズなところが対内広報であり,オープンというか,そういうふうに発信する,これが対外広報です。

中田  それと,ネチケットというものがありますね。だけれども,広報委員会というのは,そのネチケットのチェックを一つ一つやっていくわけです。表現に不適切なところはないかどうかとか。このネチケットの部分というのをコミッティーできちっと通していくという,我々責務を負っていると思っています。だけれども,インターネットというのは,ネチケットを持っているというのがただ単なる前提であって,発信された情報というのも真実かどうかということは,それを見た人の判断なのであって,それに関するオーソライズされたものは一切ないんです。あえて言うならばネチケットだけなんです。ところが広報委員会は先生違いますよね。

稲福  ちゃんと検証していますから。

司会  しかし,そういう意味でインターネットとか,そういう情報発信は少し医者も気楽に,ちょっとここで広報と対比したのは,もうちょっと気さくな世界です。それからネチケットというエチケットを一応共通の基盤として,そしてどんどん発信していって輪をつくっていこうというぐらいの,あんまり固くならないで何とかみんなで盛り立てて,システムを育てると言いますか,そういう情報に育てるという部分はいつも持ち合わせている世界がインターネットの世界で,これがようやく出来上がってきたところのものですから,これを皆さんで育てていってもらいたいなというのが情報システムの委員長としての期待なんですね。

松本  だけど,先生。皆さんで育てるというときは,やっぱりこの木が大きくなっていって,どんな実がなって,どんなおいしいものがなるんだという想像ぐらいはできることをやっぱり言っておかないとということを,今言っているわけでしょ。そうでないと,要するに期待していたら実はならなくて,汚い花しか咲かなかったとなったら嫌でしょう。

中田  逆に言うと,さっきも言ったように私達がいかに育てるかだと思うんですよ。どうネットワーク,神経回路を進化させるかであって,そのパワーを持っているのは,我々会員一人一人だと思うし,ひいてはなごみ会全員の問題だと思うんです。


10.コンピュータアレルギーをいかに克服するか

司会  今までの科学技術というのは,何しろワンパターンでした。これを使うと,こういうことができると言って,それでみんな群衆みたいにワーっと行っちゃう。これからは,みんなでつくり上げていこうというわけですから,どっちにいってしまうか分からないと言って不安に思うからこそ,自分達の中に夢を描きながら,実際にこうやって活用したらいいんじゃないかということをみんなで工夫していく世界に入ってきたという言い方をさせていただくと非常に楽なんですよね。

松本  看護婦さん達にコンピュータを使わせるということを色々トライしたんですね。まずある病棟では,自分のコンピュータを提供して「これを使ったら役に立つから」と言って使わせるわけですね。そして看護婦控室に置く。みんな触ったら壊れるといって,触ってくれない。「じゃ,ワープロの練習からしたらいいさ」と言って,ワープロのプログラムを置いて,こうしたらいいんだよ,ああしたらいいんだよと教えてやるでしょう。結局,そこの病棟は全然だれも触らなかったんですよ。ある病棟は業務で「あんた方,これをやりなさい」。「ここと,ここと,これだけ入れたらちゃんとデータベースになって,君達が月報を出すのにも役に立つ」と「データベースに誰でも入力できるようにならなければいけない」と言って強制的にやったらばっちり上手くいったんですね。

 宮古病院の高江洲院長は,人をのせるのが上手な人で,看護婦さん達に「コンピュータは簡単だから,ボールペン一本で全部できるよ。そしてあなた方の仕事は楽になる,超勤が減る。」と話を持ちかけて,そういうふうに思い込ませることに成功しました。「とってもいいのができたから見に来い」と言うので,見に行ったんですね。院長がいたらいいことばかりを言うだろうと思うから一人で病棟に出かけて看護婦さんに聞いたわけです「どんななの」って。そうしたら「こうします」と,「本当に簡単にボールペン一本でできます」と。僕にも部外者だから説明するわけです。そして本当にボールペン一本で一通りの業務をできるんです。「登録は」,「登録は最近は自分でやっていますよ」といってキーボードをたたくんですね。そして「すごいね,こんなことができるのはすごいな」と言ったら,「だから私達今度はこの機械に何をさせようかと思っているんです」って,こう言ったんですよ。これは素晴らしいと思ったんです。やっている内容は素晴らしいと感激するほどのことはなかったですが,看護婦さんにこういうことをさらっと言わせるということが大成功だったと思いますよ。今,コンピュータにアレルギーの人に対して「やれ」と言ってもなかなかやらないです。努力しようとしても,ちょっとやってああ大変だと思ってやらないんです。「海のものとも山のものともつきませんけれども,ひょっとしたらいい使い方ができるかも知れませんから,どうぞやりませんか」と言ってもこれはやらないと思う。「簡単ですよ。やさしいですよ。このボタンを押したら,こんなおいしいものが落ちてきますよ」と,こういうふうなやり方をまずはして,それからでないとやっていかない。先生方もそうでしょ。

司会  やっぱり,医療人とコンピュータといっても,確かに事務系はコメディカルの資格を持っていませんから皆レセコンとか,そういうのにさっと入りますね。医療の周辺から入っていくんですね。ドクターはぱっと持ってきて使い出してしまったら,こんな便利なものはないとなったら,途端に使う側に変わります。一番残るのはナースですね。この部分についてはある程度,業務の中に入れ込んじゃったほうがいいのと,あとは騙し。それは,色々方法はあるでしょうけどもやはりナースの業務が直接看護,間接看護どちらが今多いかですよね。直接看護の場合はこれは使わない。だけど今のナースの業務というのは,大体が間接看護ですから,そうするとこれは便利なソフトを使って見せているうちには,だんだん入っていける。例えば温度板ですよね。

宮城  その話になると私達の間にはいくらでもエピソードがあります。実は給食というのは非常に大変な業務なんですね。まず栄養価計算をして,その一つ一つの材料を廃棄量まで含めて注文するわけです。それを先ほどの手作業につなぐわけです。昔はソロバンそして計算機が入った時には,こんなに楽になったかなあと,計算機を使っていたんです。ところがコンピュータが入った時に,一年ぐらいコンピュータが無い方がいいという意見があったんです。されはきちっとデータを入れてないためだったわけです。それを修正して使えるよいになるまで2年近くかかりました。コンピュータに慣れ,修正を終わるまで眠れない日が随分ありました。

 ところが,最近も眠れない日があるんです。その理由は何かと言うと停電とか故障したらどうしようと,時々心配なんです。この間,本当に突発的な停電があったんですよ。その間病院はみんなパニックですよ。どうしようと思って。無停電装置をつけているからしばらく待ってみようと思って,すぐ戻ったんですけれども。最近は停電になったらこれだけのことをどうしよう,その心配のほうが大きいです。とてもじゃないけれど,もうそのぐらい便利です。

 頭と手を使うのではないんです。今は指だけです。早い話がマウスの話しでしたけど,最初はキーボードを叩いていたんですよ。マウスに変える時本当にマウスを使えるか,SEも気にしていたのですが,知らないと平気なんですね。最近は左も右もマウスを使うようになりました。伝票をめくりながら打ち込んでいく時に,右を使っていると不便なんですね。それで左でマウスを使う。そのくらい変わってきました。

 だから,プログラムを組むとか,そういう難しいのはいいとして,その使い方だけを知ってさえいればいいんです。要は我々は使うほうの人間ですからね。便利に使わせてもらうようにして,それだけの要求ですね。

瀬戸口  当社は今年ぐらいから二人に1台ずつぐらいの割合でコンピュータを入れ始めたんですけれども,その時使わないのは全然使わないですね。それで使わないのは管理職であれ,コンピュータを取り上げると言ったんですよ。そしてある幹部会の席上,今後は情報発信している人,していない人,全部発表するとやったわけです。そしたら,この情報管理者の方にものすごいクレームが来たんです。「何で,突然我々に無断でやったのか」と。そして翌日になって,また何ヵ月か,こういうのを抜き打ちでやると言い出したわけです。そうしたところ,みんな使い出したわけですね。例えば管理者同士でも使う人,使わない人がいた場合は開きがものすごくできてきちゃう。そうなってくると,こいつは全然使っていない,こいつは上手く使っているという感じになってくると,何んとなくステイタスが低く見られていくというものだから,こっちは引け目を感じて段々と使うようになってくる。

 だから,ある部分はまわりの世論を気にして,あいつはコンピュータを使えなくてダメなやつだと思われたくなくて,引け目を感じて段々一生懸命勉強をしていくという感じがございますね。

司会  そういう進み方も,本当に使ってみたらこんなに便利だからもう手放せないという,本当はそれが一番いいんでしょうね。だから県医師会事務局のOA化の時も,本当に最初の時は三台しかなかったです。インターネットをこれから支えていく事務系職員ですよ。台数を増やすと言ったら,「一人一台は多いですよ」と。「じゃ半分でいいよね」と妥協してスタートしました。ところが使っていると「やっぱり一台ずつ欲しいよね」と。これもやっぱりやり方としてはあると思いますね。これは便利なものであるということが実感されている人達からすると,何で使わないんだろうと不思議でしょうがないということなんですけれど,それは今の病院の中のそれぞれの温度差とか,レベル差がありますから,これをゆっくり待っていれば,多分,あんまり大きな過大なアドバルーンを上げて,それが現実との差で,どうだこうだと言うよりも,身近にこれを使っていきながら,使うというより,なじむというほうがいいのではないかなと思って,うちの病院では強制はしないんですね。でもやってもらっているうちに,ほとんど半分以上の職員がホームページをつくるようになって,自分の仕事とか,それから自分の人となりとか,写真入りで自分をアピールできるんですね。ですから,遊び心で自分をアピールする職場の中で,自分がこういうことを今月やりました。来月は,こういうことをしますと言って仕事をしていくような環境ができてくるのであって,職場環境としても非常に向上して来る。ネットワークというのは,あの人がつくっているから私もつくろうというような仕組みにできている。

 色んな効用が多々ありまして,あまり大きいことは言わないで,楽しみながら始めることが何よりだと思います。

 座談会ということで,放漫に色々話しが飛んでしまいましたが,最後の締めくくりとしては,やはり皆さんの協力を得ながら,沖縄振興策でここまで本土の方が注目してくれているわけなので,是非いいものを創っていきたい,構築していきたいなというふうに考えております。色んな職種・立場がございましょうけれども,みんなで暖かくつくって,それが自分達だけではなくて他の人達も使えるような,そういうものをやっていきたいなと思うので,何らかのいい点,悪い点がやはりまだあると思いますので,そういうところも皆さんからサゼスチョンなりをリターンして下さればそれを練り上げて,今中田先生の方がかなり積極的にやってくれていますので,皆で沖縄県にいいネットワークを敷いて,しかもそれが先程遠隔地と,遠隔地も東南アジアもあれば,すぐ大学病院の隣の部分の遠隔地もあるというところで,まんべんなくできるようなシステムをつくっていきたいと思います。

 それから,これは本当に昔からチーム医療とか,そういう形で言われていましたけれど,皆で手を結んでいく,皆で育てていくというのが発想の原点で,こういうなごみ会を結ぶような形で,ようやく形も,言っていることも全部実像が伴うという形になるのではないかというように思います。これからの21世紀を生きていく上で,「沖縄県遠隔地医療ネットワーク推進事業」が着実に前進し我々医療人だけではなく,沖縄県民さらにはアジアへの国際貢献にもつながるような事業にしてゆきたいと考えています。

 本日は本当に心温まるというんですか,そういう話を聞かせて頂きました。やはりこういう座談会も何回か開き,それからまた情報システム委員会としては,易しく広報の雑誌を通じながら,マルチメディアに触れるような企画もしております。

 県民の医療を一人一人が自立的に,しかもまわりを考えながら発案していく,お互いにいい物を出し合って,いい沖縄の地域医療システムを構築して県民のニーズに応えていくのが,このネットワークであると思います。長時間にわたり皆さん本当に忌憚のない,いいお話を聞かせていただきました。これを,この会の結論みたいな形にさせて頂いて,少し時間が長くなりましたが座談会を終わらせて頂きたいと思います。


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