<随筆>

「うん」…ん?
最近気になる巷の「返事」


中部協同病院 仲里尚実 

 朝,外来診察室で,初めて介助に立つ少しばかり緊張している新人ナースと。

Dr.(私)「外科処置は医師一人では何もできない。ナースの適切な介助,要するに連携プレーが大事だ」

Ns.「うん」

Dr.「今日はとまどうかもしれないが,動きは決まりきっている。覚えてしまえばどうということはない」

Ns.「ん」

Dr.「一番大事なことは指示を受けたあとの確認の“ハイ”という返事です」

Ns.「うん」

Dr.「返事がないと指示が伝わったのかどうか,わかったのかどうかわからない。私自身の次の行動の判断ができない」

Ns.「うん」

Dr.「その“うん”という返事はやめてくれ。“はい”と言ってくれ。(からかって)外でプライベートに会っているときならいいが。(さらにからかって)二人の中が患者さんにばれるじゃないか」

Ns.(やや頬を紅潮させて)「うん,いや“はい!”」

Dr.「そうそう,そうです」

 小生は何とか彼女をリラックスさせながら外科介助の基本を教えようと試みていた。最後に一言「その調子」と言い,視線を机の上の数冊のカルテに移したあとふり返ると,何と彼女,顔を真っ赤にして涙を流している。
 初めて医療最前線の外来で,医師と対峙し張り詰めていたところ,のっけから言葉使いを注意されたものだから,とたんに悲しくなってしまったようだ。

 最近,「うん」「ん」という返事が職場で氾濫している。以前は標準語(ヤマトグチ)を使い慣れていないわが沖縄の子供たちが,診察室で「おなかが痛いの?」と問われて「ん」と答えるか,だまって首を縦にふっていた。また「うん」「ん」などという相づちや返事は上司が部下に答える言葉であり,親しい仲間たちの会話で使われるものだった。
 ところが今やどうだ。ナース同士の会話のみでなく,言葉使いについて接遇教育をされてきたはずの中堅以上の看護婦まで患者にも「うん」,上司で医師である私への返事も「ん」である。

 最初にこの返事に違和感を覚えたのはノートパソコンを購入した一年前であった。
 初心者の私にいろいろ説明してくれていた業者の青年が,顧客である私の質問に「うん」とまず答えてから説明に入るのである。お客には「はい」ときれいに答えるものだと思っていた私は,軽くあしらわれているのかと胸騒ぎがした。
 この相づちの様式に気づいてなかったわけではない。テレビのアイドルタレントたちが,質問だか疑問だかわからない,あの尻あがりの“半疑問文”の言葉を相手に発したあと,自分で確認するように「ん」とか「うん」とか言って自らうなずき,次の言葉をつなげるのである。うなづくしぐさが可愛くて,面白い会話口調がはやっているなと,家に帰り女房に向かって彼女たちの真似をしてみせたこともある。
 ところがえらいことになってきた。自分自身を納得させるために発していた無意識の「うん」が職場の同僚への返事のみならず,上司,患者さんへの返事として使われはじめた。テレビのインタービューまで「偉い人」相手に使っている。
 これはやばい,直さなければと思ったのはナースの電話応対を聞いてからである。患者の接遇態度では平均より上にある外来ナースとのある日曜日の日直。いったん受診し帰宅した患者さんに必要があって薬の飲み方について追いかけ電話をした。ナースの対応が聞こえてきた。相づちはすべて「うん」か「ん」であった。電話の終りを待って
「知り合いの患者さんだったの?」
と聞いたら
「いえ,初診のかたです」
「“うん,うん”とばかり返事していたから親しいのかと思った」
「うっそー! “うん”なんて言っていませんよ」
本人も気づかぬくらい舌になじんでいるのだ。つい先日は一年めの研修医が小生の診療の指示に堂々と「うん」と答えていた。どっちが上司かわからない。

 若者の使う言葉に「なってない」と文句をつけはじめたら気持ちも年取った証拠であるという。しかし職場では仕事の緊張感を維持するためにも,接遇の向上のためにも「うん」よりは「はい」がいい。しばらく“あの先生,うるさいわね”と陰口をたたかれるのも覚悟で注意していくしかない。

 一種の流行り言葉であるので事情は他の職場でも同じだろう。患者さんも,特に女性の患者さんは医師の質問に「うん」と答えている。「お客様は神様」だから勿論注意などしない。

 ところで冒頭の新人ナースはというと,毎日“はい!”と短く歯切れのいい返事を診察室に響かせている。心優しき先輩ナースのフォローもあり,翌日にはもう笑顔がもどった。


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